米国内における論争
1996年10月22日、再選を目指すクリントン大統領は、米国デトロイトにおける遊説において、NATOの東方拡大に意欲的な言説をする。「デトロイト演説」といわれるものだ。
クリントン大統領は、以下のことを述べた。
「(NATOの新規加盟国は)、中欧のすべての新生民主主義国、バルト諸国、および旧ソ連を構成した新しい独立諸国を含まなければならない」
「今日、私は米国の目標においてもお話ししよう。NATO存続50周年、そしてベルリンの壁の崩壊から10年に当たる1999年に、第一グループに属する国々が、完全資格を有する加盟国となるべきだ」
「私は自分でも、またNATOの名においても、最初の新加盟の背後で同盟がドアを閉ざすことはないと約束してきた。NATOは、その加盟に付随する義務を履行する用意のある欧州のすべての新生民主主義国に開かれているべきである」
「いかなる国も自動的に排除されはしない。NATO外のいかなる国も拒否権を有しない」
この演説に対し、西欧諸国は驚いた。あまりにも、NATOの東欧拡大のスケジュールが早くに示されたからだ。しかし東欧諸国はこの発言に対し、歓迎の旨を示す。
さらにいうなれば、クリントン大統領が演説を行ったデトロイトは、東欧諸国の一員であるポーランド系移民の多い土地であった。だからこそ、“再選”を狙うクリントンがこの地で上記のような演説を行ったことは、大変重要な意味を持つ。
しかし、同時にこのデトロイト演説は、米国内において、NATOの東方拡大に関する論争を巻き起こす。
東方からの軍事的脅威に対する抑止の成功という、冷戦時代のNATOの最大の功績を無駄にするという意見と、ロシアへの配慮、拡大する範囲の問題、拡大コストの費用についての問題があったからだ。
NATOの拡大に対する肯定的意見としては、クリントン政権のS・タルボット国務副長官の論文(「ニューヨーク・タイムズ」1997年2月17日付)がある。
タルボットは論文において、先のクリントン大統領の演説には、
「もう一つ、南方あるいは東方からの外交的な脅威という軍事的要素も考慮されているのだ」
と記した。
この論文に対して、論客ジョージ・F・ケナンは鋭く対立、拡大反対論を展開した。彼は、NATOの東方拡大はロシアの改革派に失望を、そして国粋派に反発の口実を与え、「致命的な失敗になるだろう」と論じた。
彼だけでなく、米国の「軍備管理協会」が仲介となり、マクマナラ元国防長官、サム・ナン前上院議員、ポール・ニッツェ、アイゼンハワー元大統領の孫であるスーザン・アイゼンハワーら外交・戦略問題で発言してきた元高官、議員、あるいは専門家ら50名が、米国主導によるNATOの拡大は、
「歴史的重みをもつ政策的過誤」
とする公開書簡を出し、NATOの拡大はロシアの政界全体が反対しており、さらに、
「非民主的反対派を強化する」
とした。
そして、拡大の範囲をどこに定めるか、あるいはくるくる変わった東方拡大の費用問題が、論争を引き起こした。
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