なぜプーチンはソ連崩壊を「20世紀最大の地政学的悲劇」と言ったのか

 

プーチンの野望

プーチン大統領は、「完全なるロシア」、「大いなるロシア」を目指しているふしがある。

「ロシアの国境には、終わりはないんだよ」

2016年11月、プーチン大統領はロシア国内で地理が得意な子どもたちを表彰するイベントにおいて、9歳の男の子にこう語りかけた。

ただ、大統領はすぐさま「今のは冗談」と付け加えたものの、プーチン自身のウクライナに対する異常なまでの「覚悟」と「執念」をみせる現在の姿が、そこにはあった。

ウクライナへの軍事侵攻が始まった2日後の2月26日、ロシア国営通信から、「戦勝」を祝う誤配信が送信される。

「ロシアの侵攻と新世界の到来」と題されたその記事は、すぐに削除されたものの、今でもインターネット上で拡散し続けている。

そこには、プーチンの「世界観」と「ロシアの歴史物語」が詰まっていた。記事は、冒頭、以下のような一節から始まる。

「新しい世界が目の前で生まれつつある。ロシアのウクライナでの軍事作戦は新しい時代を開いた―しかも、同時に3つの次元において。(中略)ロシアは自身の一体性を回復しつつある―1991年の悲劇、我々の歴史における恐ろしい破局、その歴史の不自然な逸脱は克服されたのだ」

第一次世界大戦を起点とするここ100年の現代史において、最大のトピックとなるのが、1991年のソ連解体であった。資本主義の対抗馬とみられていた「社会主義」が、崩れ去る。

時を同じく、米ソによる冷戦が終結、資本主義陣営が勝利した結果となった。他方において、新しく生まれ変わったロシアは、自らの“アイデンティティ”に苦しむことになる。

それは、多様な民族と文化、宗教を擁するロシアが、「なぜ」、一つの国家の下にあるのかを原理的に説明することが困難になったからだ。

最新の国勢調査(2010年)によると、ロシアには現在、194もの民族が存在する。このうち自身を「ロシア人」と自認したのは、ロシアの全人口1億4,286万人のうち78%弱。

他方、自身を「タタール人」と答えたのが、531万人(3.7%)、ほかウクライナ人(193万人、1.4%)、パキシール人(158万人、1.1%)、チュバシ人(144万人)と、実はこれほどまでに「非ロシア的なもの」を内包していたのだ。

これが、もしソ連時代のままだったら問題なかった。「共産主義」という思想の先にあるユートピアに向かって、ロシア民族を中心に諸民族が団結すればよかった。

しかも、ソ連時代には、最大を占めていた「ロシア人」は、ウクライナやカザフスタンなど国境の「外側」にも住んでいた。

そのため、ソ連が崩壊するとともに、実に2,000万人とも言われるロシア系住民が、現在、ロシアの国境の「外」に取り残され、ロシア民族が分断されることになる。そのことを、プーチンは、ソ連崩壊を指し、「20世紀最大の地勢学的悲劇」となぞらえた。

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