「ハートカクテル」に酔いしれて。漫画家・わたせせいぞうが今も“手描き”にこだわるワケ

2022.06.16
by gyouza(まぐまぐ編集部)
 

色指定で作られていた「ハートカクテル」のカラー世界

──「ハートカクテル」のカラー部分は、すべて色指定で構成されていたと聞いていますが、毎号細かい指定は大変だったのではないでしょうか?

わたせ:ものすごくコストがかかるので出版社泣かせだったんですよ(笑)。「ハートカクテル」が始まる前に竹書房という出版社の雑誌で4ページのカラー漫画を描いたんですが、マーカーで塗ったところって色ムラが出ちゃうじゃないですか。そのときに、編集者が「色指定すればいいんですよ」って言ったんです。どうするのって聞いたら「シアン(C)30%とか指定すると、空の色がスッとなるよ」と言われて、それからですね。その時はグラデーションなんて無くてベタだけだったんです。その後、「ハートカクテル」の連載になってから、空の色をグラデーションで指定することも始めました。最初の頃は、今と違ってコンピューターで色分けしていたわけじゃなくて、印刷所で製版を担当する職人さんが手で切り抜いていたんです。実は横尾忠則さんの製版を担当していた職人さんが、僕の「ハートカクテル」の製版も担当していました、恐れ多いことに(笑)。僕の漫画も「ついでにやる」という感じでやってもらっていたと思うんです。それからしばらくして製版はコンピュータになりましたね。

──初期の「ハートカクテル」のカラーは職人技によるものだったんですね。その情報を知った上で改めて漫画を見てみたいと思います。

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わたせせいぞう自選集 ハートカクテル』ミュージック&クルーズ「サンライズ」編(小学館クリエイティブ)より

わたせ:初期の頃は本当に「コスト、コスト」言われました(笑)。そのうち何にも言われなくなったんですよ、技術が変化したからかもしれませんね。色指定の「最後の砦」がブラック(BK)だったんです、CMYK4色目のブラック。これは絶対にアンタッチャブルでした(笑)。ブラックまで手を出したら、もっとコストが上がるからと。そのうち、知らん顔してブラックも指定しちゃったんですよ。そうしたら趣のある絵ができまして、編集者の反応も良かったし、職人さんも喜んでいたので、そのままスルーッとやり続けたんです。

──CMYKすべて指定していたということですね(笑)。コストがかかる作品だけれど、その分よいものが出来たということで結果オーライだったわけですね。

わたせ:ところが「原画」を作るのが大変でした。今までの印刷物は色指定で見せていましたが、もともとの絵はモノクロの線画だから真っ白い絵しかないわけです。そこで、モノクロの線画の上から印刷物を見ながらパステルで色を手塗りしなきゃならない。だから原画はものすごく労力がかかりましたね。いつも「原画展」が一番大変なんです(笑)。

わたせ先生が今でも「手描き」にこだわるワケ

──わたせ先生は、今もイラストを手描きされていらっしゃるのでしょうか?それともすべてデジタルですか?

わたせ:いいえ、手描きです。主線(おもせん)の部分は今も手で描いていますし、服の色、花の色、自然のグリーン、小物、街中の看板の絵、こういったものはマーカーや色鉛筆、パステルを使って手で描いています。それ以外の、車のボンネットやレンガの壁の色なんかはデジタルですね。時代はどんどんデジタルで描く方向になってきていますが、でも、そんな時代にあえてアナログに手描きというところがいいんだと思いますね。

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自身の作品の前で。現在も、主線(おもせん)や看板、自然のグリーンなどは手描きや手塗りだという

──デジタル全盛期の中で、「今も手描きのイラストレーター」という存在は貴重ですよね。

わたせ:そうなんですよ。今はすべてコンピュータで描くようになってきていますから、作品として残るものが少なくなっていますよね。デジタル作品も出力すれば紙に出せますが、じゃあ「原画はどこですか?」となると機械の中ですよね。ハリウッド映画だってCGが出始めた頃はカッコ良かったけれど、最終的には人間が生でやっていることには敵わない。それはイラストも同じだと思いますね。人間が描いた方が下手じゃないですか(笑)、味があると言いますか。

──手描きならではの趣がある、わたせ先生のイラストレーションはJR東日本のポスター広告などでよくお見かけするのですが、とりわけ印象的だったのが、2009年のJRA「東京シティ競馬(大井競馬場)」の一連のポスター広告でした。あのお仕事はどのようなキッカケで来たのでしょうか。

わたせ:僕が42、3歳の頃だから、まだ「ハートカクテル」を連載しているときですが、電通の人からPanasonicのラジオCMの仕事が来たんです。4ページの「ハートカクテル」のようなラジオCMを作りたいんだと。これは、僕が10分くらいのお話を考えて、流す音楽も選ぶというCMでした。どのような構成のCMかというと、まず僕が水先案内人のように話すナレーションが最初に入って、そのうち男女の声優さんの会話があって、そのバックに音楽が流れるというラジオCM番組だったんです。ところが、サラ・ヴォーンの曲とかボサ・ノヴァなどの洋楽を流すための著作権料に一番お金がかかったそうです(笑)。そんなCMを一緒に作った電通の人から、10数年ぶりにお声がかかったのが、東京シティ競馬の話だったんですよ。

──あの東京シティ競馬のポスターにも「ハートカクテル」が関係していたんですね。

わたせ:東京シティ競馬のポスターは、スポーツライターの二宮清純さんとのコラボレーションだったんですよ。二宮さんが文章を書いて、僕がイラストを描くという。二宮さんの書く文章が好きだったので、このお仕事は楽しかったですね。

──JRの駅構内などでお見かけしましたが、かなり大きなポスターで大作でしたよね。あのポスターから、競馬の雰囲気がおしゃれなものに変わったのではないかと思います。

わたせ:とにかく、おしゃれな競馬にしようというコンセプトでしたから。あのポスターのお仕事は印象に残っていますね。

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