実業家たちが次々と離れていく香港。発展を見限られた理由とは

Hong Kong city view from The Peak at twilight
 

香港は1997年にイギリスが中国に返還した後、しばらくは自由な都市であり、金融都市としてアジアで中心的な役割を果たしていた。2003年には香港の国家安全条例案に反対する約200万人の大規模デモも行なわれた。

しかし習近平氏が12年に中国共産党書記に就任すると、中国本土への波及を恐れて香港独立を主張する勢力に警告し始め、20年に「国安法」を施行、21年には香港の選挙制度を改変し、民主派を事実上排除したのだ。

香港はアジアの金融都市として飛躍的に発展。西側の自由主義社会への窓口として中国にも大きな役割を果たしていた。

だが香港の民主派を野放しにすることに脅威を感じた習政権は香港特別行政区行政長官に警察出身の李家超氏を事実上指名。強硬派として香港を統治する方針を示している。

香港の統治が大きく変わりつつある中で、これまで香港で活躍していた香港実業家たちは次々と香港を出国。イギリス、カナダ、オーストラリア、シンガポールなどに居を移し始めている。

このため、今後はアジアの金融都市として中心的な存在だった香港の将来に希望が持てなくなったとする実業家、ビジネスマンも多い。

香港が金融都市としての役割を縮小してしまえば、中国本土にとっても大きな痛手になるはずで、香港を中国政府として今後どう位置付けてゆくかは、中国にとっても大きな課題となってこよう。

この記事の著者・嶌信彦さんのメルマガ

初月¥0で読む

【関連】米国の“弱腰”に批判も。明らかになるロシア兵による「残虐行為」の数々

image by: Shutterstock.com

嶌信彦この著者の記事一覧

ジャーナリスト。1942年生。慶応大学経済学部卒業後、毎日新聞社入社。大蔵省、日銀、財界、ワシントン特派員等を経て1987年からフリー。TBSテレビ「ブロードキャスター」「NEWS23」「朝ズバッ!」等のコメンテーター、BS-TBS「グローバル・ナビフロント」のキャスターを約15年務め、TBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ!」に27年間出演。現在は、TBSラジオ「嶌信彦 人生百景『志の人たち』」出演。近著にウズベキスタン抑留者のナボイ劇場建設秘話を描いたノンフィクション「伝説となった日本兵捕虜-ソ連四大劇場を建てた男たち-」を角川書店より発売。著書多数。NPO「日本ニュース時事能力検定協会」理事、NPO「日本ウズベキスタン協会」 会長。先進国サミットの取材は約30回に及ぶ。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 ジャーナリスト嶌信彦「虫の目、鳥の目、歴史の目」 』

【著者】 嶌信彦 【月額】 ¥550/月(税込) 初月無料 【発行周期】 不定期

print
いま読まれてます

  • 実業家たちが次々と離れていく香港。発展を見限られた理由とは
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け