「復讐心」こそが火種。どれだけ文明が発達しても世界から「戦争」が無くならない理由

 

そして、明治6年(1873年)、明治政府によって「敵打ち禁止令」が発布され、長かった仇討ちの歴史に幕が降ろされた。だけど、それでも、確固たる理由があれば「復讐」という私刑にも一定の理解を示す人々は減らなかった。その結果、その後も「復讐劇」をテーマにした小説や時代劇などが次々と生み出され、人気を博して行った。冒頭で挙げた池波正太郎の小説『仕掛人・藤枝梅安』や、これを原作としたドラマ『必殺仕掛人』や『必殺仕置人』のシリーズなどは、その顕著な例だろう。

もちろん大半の人々は、こうした「復讐劇」を小説やドラマや映画の中だけで楽しみ、現実世界とは切り離して考えてる。だけど中には、被害妄想とも言える異常な感覚から、現実世界でとんでもない犯罪に及んでしまうケースも出て来る。最近だと、戦後最大の犠牲者を出してしまった「京都アニメーション放火殺人事件」や「安倍晋三銃撃事件」などだ。

どちらも決して許されない凶悪事件だけど、犯行時の犯人たちは、たぶん自分こそが被害者だと思っていたはずだ。あたしは、この犯人たちの感覚が「憎しみの連鎖」の最初の一歩であり、場合によっては「戦争の種火」となりうるのだと考えた。

…そんなわけで、今から400年近く前に起こった「鍵屋の辻の仇討ち」は、その後の歌舞伎や小説や映画の中で、仇討ち側に加勢した剣豪の荒木又右衛門をスーパーヒーローとして描くことで、この「復讐劇」は勧善懲悪へと美化されて行った。

そして、今から半世紀ほど前に『週刊少年ジャンプ』で連載が開始された永井豪の『ハレンチ学園』では、ヒロインの柳生みつ子が柳生新陰流の免許皆伝で、主人公の山岸八十八(やそはち)から「十兵衛」と呼ばれることになった。その上、柳生みつ子の弟は「宗冬」、史実の柳生十兵衛の弟と同じ名前だった。さらには、ふんどし姿の丸ゴシ先生の本名が「荒木又五郎」で、剣豪の荒木又右衛門の子孫という設定だった。

ここまで設定が出そろっていても、『ハレンチ学園』は主人公の「親分」こと山岸八十八が子分のイキドマリと一緒に、学園中にスカートめくりを流行らせたり、女医さんに化けて女生徒の身体検査をしたりという、当時の教育委員会から目を付けられるようなエッチな漫画だった。それなのに、嗚呼それなのに、それなのに…と本日2回目だけど、柳生一族の血がそうさせたのか、はたまた荒木又右衛門の血がそうさせたのか、学園の自由すぎる風紀を憎んでた「大日本教育センター」との間で、なんと戦争が勃発する。

「大日本教育センター」の所長は自らが甲冑姿となり、軍を率いてハレンチ学園に全面戦争を仕掛けたのだ。それも、まずは爆撃機で学園の周囲の住宅街を焼き払い、学園を重火器で攻撃しやすくするという作戦を強行した。ふだんは敵対してる先生たちも、生徒たちと一緒に応戦するけど、軍は子ども相手に容赦がない。人気キャラだったクラスメイトや先生たちが、軍の無差別空爆と銃撃によって次々と殺されて行く。

クラスのマドンナ的存在だったツインテールのアユちゃんは、爆風で下半身が丸出しになり、飛んで行ったパンティーを追い掛けて校庭に走り出てしまう!そこへ容赦ない銃撃が!アユちゃんが「自由に生きたかっただけなのに!」と叫んだ瞬間、アユちゃんの首が飛び、腕が飛び、頭が左右2つにちぎれ飛び、惨殺された!

準主役級のキャラたちが次々と殺され、校庭に死体の山が築かれて行く。必死に応戦してた親分は、心配して見に来た自分の両親を誤って射殺してしまう。イキドマリも殺された。マカロニ先生も殺された。主要キャラがほぼ全員、殺された。そして、主人公の親分と十兵衛だけは最後まで戦ったけど、学園は崩壊し、2人は行方不明のまま物語は終わる。

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