Webコンテンツも「紙の本」で残すべき。「ほぼ日」編集者・奥野武範さんが単行本『バンド論』を作ったワケ

2024.03.15
by gyouza(まぐまぐ編集部)
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紙の本、つまり書籍の「衰退」が叫ばれて久しい昨今ですが、もともと紙の本の編集者だった私は、出版社や編集者の苦悩はとてもよくわかります。それでも、Webで読むべき記事と、紙の本で繰り返し読むべき文章というものがあるはずで、それぞれ両立・共存すべきだと私は思います。そんななか、「ほぼ日手帳」でおなじみ糸井重里さんの老舗Webサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で編集者として活躍する奥野武範さんが、『バンド論』や『常設展へ行こう!』など、とても興味深い本をいくつも編集されています。しかも、本の元ネタはどれも「ほぼ日」のネットコンテンツなのです。そんな奥野さんに、Webで連載していた記事を今あえて「紙の本」にした理由、そしてWebコンテンツを紙にすることの意味などについていろいろお話を伺いました。(まぐまぐニュース!編集部 gyouza)

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構成・文 奥野武範『バンド論』(青幻舎刊)

単行本『バンド論』(青幻舎)を作った『ほぼ日刊イトイ新聞』編集者・奥野武範さんインタビュー

──本日はお忙しいなかお時間をいただきありがとうございます。知り合いの方から「バンド論についてバンドマンにインタビューした面白い本があるんだよ」と紹介されて、奥野さんが構成・文を担当された『バンド論』(青幻舎)を読ませていただきましたが、とても面白い本でした。有名な5つのバンドのフロントマンにそれぞれ「バンドとは何か?」ということについてインタビューした、というシンプルな構成ですが、それにしても豪華な方々にお話を聞いていますね。サカナクションの山口一郎さん、bonbosの蔡忠浩さん、くるりの岸田繁さん、サニーデイ・サービスの曽我部恵一さん、ザ・クロマニヨンズの甲本ヒロトさんの5人という。

もともとは、Webサイト「ほぼ日」で組まれた特集というか、プロジェクトだったんですよね?

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ほぼ日刊イトイ新聞 特集 バンド論。

奥野武範(以下、奥野):はい、2021年の初頭に連載していた特集で、多くの人に読んでいただきました。お話を聞いた方々は、必ずしも「バンドとはこうである」という「定義」や「結論」を明確に持っていたわけじゃないと思うんです。でも、インタビューの場で、あらためて「バンドって何だろう」と立ち止まって考えたり、それを表現する言葉を探ったりしてくださった。その思考のプロセスを垣間見れたのが、おもしろかったです。ぼくにとってのヒーローばかりなので、緊張しましたけど(笑)。

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奥野武範さん

──また、本の造りが良いですよね。ブックデザインを手がけた祖父江慎さんのこだわりが随所に出ています。本の中に入っている写真は、まるで本物のポラロイド写真が挟まっているように見えますね。

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絶妙な位置のポラ風口絵

奥野:本の上か下かどちらかに合わせて写真を入れるのであれば、製本の機械でできたらしいんです。でも、祖父江さんが指定してきたのが、この絶妙な位置だったので、すべて職人さんの手作業で貼り込んでいただきました(笑)。

──ええっ、そんなに手間がかかっている本なんですね。装丁も中身も、こだわりのある本だということは、それだけでも伝わりました。

奥野:この本は明確に出版時期を決めてつくりはじめたわけじゃなかったので、祖父江さんの手が空いたときにデザインしていただいたんです。それで完成まで1年10カ月くらいかかってしまったんですが、それだけ時間も手間もかけてつくったこともあって、なんか、とてもいい本になったと思います。本屋で見かけると輝いてます。自分の本なので、当たり前なんですが(笑)。

──この本のデザインは、どんなコンセプトだったんですか?

奥野:最初の打ち合わせで、祖父江さんが「みすず書房の本みたいな感じ?」みたいなことをおっしゃっていたんですね。あ、いいなあと思いました。その1年10ヶ月後、こうして、どこか学術的な匂いを感じる本ができました。デザインの芯のようなものが、最初の時点で確立していたんでしょうね。祖父江さんのすごさを、あらためて感じました。

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美しいカバー

──バンドの本とは思えないほどカッチリしているけれど、螺鈿のような箔押しや曲線のイラストなども入っていて、固いような固くないような、とても絶妙で素敵なデザインですね。同じ記事でも、ネットで見るのと紙に印刷されるのとでは、まったく違う印象だと思いました。

奥野:やっぱり、紙に定着させるということがあるから見えてくるものがありますね。ネットにはネットの良さがあるけれど、本という形にしてよかったと思います。

──ネットでこの連載記事を読んだことのある方は、本になったものを見て、また特別な印象を持たれたでしょうね。

奥野:「ほぼ日」の連載を読んでいて、この本を手にとってくれた方もたくさんいらっしゃいます。「ネットは半永久的に残る」ってよく言われますけど、ぼくは本の方が「残る」と思うんです。実際、何百年も前の「新古今和歌集」とかが博物館に残ってますし。ネットの海は広大すぎるから、残ってはいても「海の底」じゃないですか。その存在を知らなければ、たどり着くのも難しい。その点、本というかたちになっていれば、誰かが見つけて読んでくれることもあるだろうし、「この本いいよ。読んでみて」なんて誰かに手渡すこともできるので。

──そうですね、ネットにはない伝え方ができるという意味で、本の存在意義はあると私も思います。

奥野:この本で言うと、みなさんの「バンド論」って、これからも変わっていくと思うんです。というか、プロのバンドマンであれば「バンドとは何か」って、一生をかけて問い続けていくような大きな質問だと思うんですね。画家の方にとっての「絵画とは何か?」みたいに。その意味では「途中経過」なのかもしれない。でも、そのぶん「バンドって何ですか?」という問いに、そのときの気持ちで答えてくださったような気がします。

「答えがない」のがいい

──そのとき時点での彼らの「バンド論」を切り取って読むことができる、という意味では貴重な記録ですよね。これを本に残すことには意味があると思います。

奥野:僕の仕事の9割は誰かにインタビューすることなんですが、そのときにその人が考えていたことをそのまま残す、自分はそういうことがしたかったんだなと最近気づきました。だから、揺るぎない「解答」ではないこともあるんですが、「考え中の答え」には、そこにしかないおもしろさがあるなあと思います。もしかしたら「バンドとはこうである!」と一言で結論付けられるよりも、読み手が考えを広げられる「余白」とか「ヒント」がある気もしますし。

──そうですね、読み手が勝手にヒントを見つけてくれるという(笑)。

奥野:SNSの反応を見ていると、ビジネスマンの方がこの本を「組織を作るときの参考になった」「リーダーシップ論として読んだ」みたいなことを投稿していたんです。必ずしもバンドをやっている人だけに刺さる本ではないんだな、と。もちろん、ご本人たちにはそんな意図はなく、ただただ「大好きなバンドというもの」について話しているだけなんだと思うんですが。

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「はじめに」の余白にもこだわりが

──そういう意味では『バンド論』というタイトルは言い得て妙といいますか、読んだ人たちが後から解釈するという意味にもとらえられますよね。バンドやってる人も、やっていない人も、みんなそれぞれが思う「バンド論って何?」という。その答えは書いていないけど、みんなが考えるきっかけになる本ですよね。

奥野:そうですね、自分なりの答えを見つけてもらえるような、読み手に遊んでもらえる本なのかなと思います。

奥野さん、なぜ「ほぼ日」に?

──話は変わりますけど、奥野さんはどういった経緯で「ほぼ日」に入られたんですか?

奥野:僕は「VOW」シリーズが大好きで宝島社に入社したんですが、配属は『Smart』というファッション雑誌の編集部でした。ファッション企画の他には書評欄を担当していたんですが、あるとき当時「ほぼ日」が出していた『オトナ語の謎。』という本を取り上げたんです。めちゃくちゃおもしろくて。それから「ほぼ日」を意識するようになったんですが、あるとき、たまたま「企画コンテンツをつくる人募集」って出ていたんです。あ、おもしろそうだなと思って応募したら入らせてもらって。それがもう18年くらい前の話です。

──けっこう「ほぼ日」歴が長いんですね(笑)。

奥野:正直、こんなに長くいることになるとは思いませんでした。居心地が良かったんだと思います(笑)。

──でもすごいですよね、ネットだけでなく本も手がけられているという。

奥野:逆に言うと、僕は何かの専門家ではないんです。強いて言えば「インタビュアー」なのかもしれませんが、それだって「ただの容れ物」ですよね。具体的な中身は、インタビュー相手によるので。当然、音楽についても、好きなだけの「ド素人」です。だから『バンド論』についても、音楽に詳しい人にとっては物足りないかもしれないけど、普通の人が普通に抱くような質問をしているというところが、わりとおもしろがられたのかなとは思いますね。

──専門的な話をされても、知らない人にとっては何を話しているのかよくわからないですもんね。

奥野:今回はバンドというテーマでしたが、「ほぼ日」では、そのときどきで興味のあるテーマで特集をつくっています。最近ラジオに出演したときに「バンドについて語ってください」と言われたんですが、『バンド論』の話はできるけど、「バンドの話」は全然できない(笑)。専門的な話は無理なんですが、それでもよければと言ってお受けしているんです。

──普通の人が聞きたいことが載っているという意味で、この本はこれでよかったんでしょうね。

実は、まだある「紙の本」になった特集

奥野:そのあとに「色物さん。」という特集をやりました。寄席に出ている「落語家と講談師以外の芸人さんたち」だけに出ていただいたもの。漫才コンビや紙切り、太神楽やマジックなどをやるみなさんは、寄席では「色物さん」と呼ばれているんです。

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ほぼ日刊イトイ新聞 特集 色物さん。

──これまた、いい感じの特集ですね。

奥野:これこそ僕は演芸の専門家でも何でもなくて、ただ寄席が好きで、たまに行くだけなんです。でも、通ううちに、落語家の師匠や講談師の先生の本ってたくさんあるけど、色物さんに特化した特集って、そんなにないんじゃないかなと思って。色物のみなさんって「寄席では、トリを務める落語家の師匠や講談師の先生を引き立てる役です」とおっしゃるんです。その潔さが、カッコいいなあと思っていたので、特集をやろうと。きっと、色物さんならではの職業哲学やプライドのような気持ちもあるだろう、それを感じに行きたいと思って企画しました。これも本になったらいいなと思っています。

──私も寄席が好きなので、本になるのが楽しみです。奥野さんは、単行本にもなった「編集とは何か。」も手がけてらっしゃいますよね。

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ほぼ日刊イトイ新聞 特集 編集とは何か。

奥野:自分は雑誌の編集者からはじまって、もう20年以上編集者をやっていますが、いまだに「編集者に憧れている」ようなところがあるんです。すごい本や特集をつくる編集者が、世界でいちばんカッコいいと思っている。そこで、尊敬する17人の編集者に「編集とは何でしょう、教えてください」といってインタビューしてまわりました。このときも「編集とは何か。」に対する「唯一絶対の答え」はなくて、「それぞれの編集者の、そのときの考えの集成」となりました。700ページ以上あるんですが(笑)。

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構成・文 奥野武範『編集とは何か。』(星海社新書)

──いま、奥野さんが新たに注目しているものは何ですか?

奥野:これも最近本になったんですが、多くの美術館には「常設展」ってあるじゃないですか。その美術館の所蔵作品を展示しているやつです。企画展にはたくさんの人が並ぶけど、常設展って意外とガラガラだったりするんですよね。でも、行けば「ピカソ」とか「マティス」とか「ウォーホル」とかを見ることができる。世界に7枚あるゴッホの《ひまわり》のうちの1枚も、新宿のSOMPO美術館に常設されている。つまり、行けばいつでも見れるんです。自分自身、そういうことを知らなかったんですが、あるときに「常設展って、宝の山じゃないか!」と思い知り、日本の12の美術館に「あなたの館のコレクションを『自慢』してください!」といってはじめた特集を、左右社さんが本にしてくれたんです。

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ほぼ日刊イトイ新聞 常設展へ行こう!

──これは面白いですね。私も上野の国立西洋美術館の常設展が子どものころから大好きだったので、この良さはとてもよくわかります。

奥野:取材をはじめたのがコロナのときなんですが、海外に行けなくなってしまったという残念感のなか、飛行機に乗らなくても電車で「世界的名画」を見に行けるんだよなあと思ったこともあります。最初は国立東京博物館、東京都現代美術館からはじめて、倉敷の大原美術館や富山、青森など日本各地で取材しました。

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構成・文 奥野武範『常設展へ行こう!』(左右社)

──奥野さんは、「ほぼ日」さんのコンテンツを本にしたものをいくつも手がけていらっしゃいますけど、「ほぼ日」さん的にはオッケーなのですか?

奥野:はい、あの、まず印税はすべて会社に入れていただいているので、ぼく個人に「もうけ」はないです(笑)。リソースっていうんですか、会社のお金を使って、会社の仲間の助けでつくっているので当然ですし、そこは正直どうでもいいんですが、じゃあなぜ、こういうことをやっているのかというと、「ほぼ日」のコンテンツをウェブ以外の場所に「残したい」なと思っているんです。冒頭で話も出ましたが、本にした場合には物体として残るし、「ほぼ日」を知らない、まったく新しい読者へ届く可能性もある。その場合、自分たちで本にするより、書籍づくりのプロである出版社の編集者にお願いしたほうが、よりよいものができるだろう。そう思って、やっています。

──なるほど。コンテンツをアーカイブとして残したい、それって重要ですよね。ネットは消えるのも一瞬ですが、本は形に残りますもんね。

奥野:さらに、基本がインタビュー集なので、出ていただいた方々で印税をわけて、残りを「ほぼ日」でいただくかたちなので、まあ‥‥会社からしてみれば、それほど「もうかる仕事」ではない。僕個人の「支出エネルギー」と「金銭的収入」として考えれば、完全に「趣味」です。後者がゼロなので。でも、仕事と同じくらい、ある場合には仕事以上に「真剣に取り組んでいる趣味」です。あらゆる趣味ってそういうものかも知れませんが。

──もうけよりも、コンテンツを「紙の本」として形に残すことが重要だ、ということですよね。本日は貴重なお話をありがとうございました。


【取材を終えて】

「ネットのコンテンツをアーカイブとして残したい」との思いから、紙の本という形にこだわって編集を続けている「ほぼ日」の奥野さん。そろそろ、わがMAG2 NEWSも「紙の本」を出す時期に来ているかもしれないな、なんて思いました。大好評の『バンド論』は、Web、書店でお買い求めいただけます。ぜひ、お手にとって「バンドとは何か?」という永遠のテーマにご自身の手で触れて見てください。(MAG2 NEWS編集部gyouza) 

協力:濱田髙志

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構成・文 奥野武範『バンド論』(青幻舎刊)

バンドって、ふしぎだ。

ふだんは会ったりしないのに、もっと言えば、それほど仲が良さそうでもないのに、彼らが音を出し合えば、心がふるえて止まらなかったりする。

昨日ギターを買ったばかりの中学生が、「バンドを組んだ」というだけで、どこか、なぜだか、誇らしげな顔をする。

絶頂なのに、何かの理由であっさり解散して伝説になったりする。

ある瞬間にはダイヤモンドより硬く結合する反面、床に落とした消しゴムほどの衝撃で分解してしまいそうな脆さを孕んだ、人間の集合体。

「バンド」のその魅力、そのふしぎさとはいったい何なのか、という問いの答えを知るために、5つのバンドのフロントマンに尋ねたインタビューが1 冊の本になりました。

書籍版の特別コンテンツとして、本書のために「バンド」をテーマに書き下ろされた、燃え殻さんによるエッセイと今日マチ子さんによる短編マンガを巻頭と巻末に収録しました。

「バンド」経験のあるなしにかかわらず、少し体が熱くなるような、ピュアでストレートな音楽賛歌です。

出版社 ‏ : ‎ 青幻舎
発売日 ‏ : ‎ 2023/3/3
単行本 ‏ : ‎ 256ページ
定価:2,200円(税込)

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image by: MAG2 NEWS編集部

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