【映画評】単なるパロディと侮るなかれ。実は深い秀作「縮みゆく女」

 

また『縮みゆく女』は、どんどん小さくなったことでメディアから大注目されるところも50年代とはちょっと違っています。パットの家には取材陣がおしかけ、主だった雑誌の表紙は瞬く間にパットの顔で埋め尽くされます。
さらにパットはテレビの人気トーク番組に招かれ、アメリカじゅうのお茶の間に知られることになるわけですが、このあたりのメディア風刺は『ロッキー・ホラー・ショー』の続編『ショック・トリートメント』に近いものがあります。『ショック・トリートメント』も『縮みゆく女』と同じ1981年の映画で、やはり50年代風の「郊外の生活」と「旧来の価値観」を痛烈に皮肉ったシーンがある上、身の回りの生活用品すべてが広告によってもたらされていると示したシーンもあり興味は尽きないので、この2作の関連性についてはいずれきちんと検証したいと思います。

もうお分かりかと思いますが、『縮みゆく女』がなんで縮んでいってしまうか、というと、それは「主婦」という存在がこの時代に消え始めていたからです。それこそ『クレイマー、クレイマー』ではありませんが、家庭に閉じ込められて、家事全般をやり、ひたすら夫に尽くすという、奴隷とお母さんと料理人と掃除婦を一緒くたにしたような社会的役割としての「主婦」はもうおしまいだと、そんな時代は50年代の価値観とともになくなっていくんだ、ということを『縮みゆく女』は描いていたわけです。

だからこそ、映画のオチで、まあ『縮みゆく女』のDVDは日本で未発売なのでネタバレ承知で書いてしまいますが、要はラストでパットは、限りなく小さくなったとき、またもや化学物質の水たまりに落ちたことがきっかけで、元のサイズに戻るんですね。よかったよかった、と映画は大団円を迎えると思いきや、ふとパットが目を落とすと、自分の足がむくむくと大きくなって靴がビリビリと破け始めているではありませんか。ジ・エンド。

そうです、旧来の「主婦」は小さくなって姿を消してしまい、これからは自分の足で立つ巨大女の時代がやってくる、と予感させて『縮みゆく女』は終わります。80年代の頭、まだ70年代後半を引きずっていたこの時代、「これからは本格的に女性の時代がやってくるのだ」という期待は大きいものでした。しかしそれはレーガン政権と同時に再燃した激しい保守のバックラッシュによって阻まれてしまうのですが(とはいえ、アメリカでは保守バックラッシュに対抗する女性解放運動も強く、決して女の人たちが「泣き寝入りして元の木阿弥」という状況にならなかったのはご存知のとおりです)、『縮みゆく女』が実に見事に時代の感覚を反映したものだったことはお分かりいただけると思います。

あっ、大事なことを忘れていました。『縮みゆく女』は特撮も素晴らしく、特に巨大サイズのセットやプロップを多用した「人間が小さくなっている表現」には目を見張るものがあります。ミニチュアを使って大怪獣や巨大女を描いた映画は楽しいものですが、逆に小さなものを拡大したセットを用いて撮られたこういう作品も観ていて本当にワクワクサせられます。テレビシリーズ『巨人の惑星』をはじめ、映画だと『人形人間の復讐』などが印象深いですが(日本だと『モスラ』の小美人ぐらいですか)、そういう「ミニチュア人間」もので最も初期の例はやはり『フランケンシュタインの花嫁』でプレトリアス博士が作っていたホムンクルスたちでしょうか(女王やバレリーナや人魚がいました)。

ぼくは未見ですが、最近でも1997年に(それほど最近でもなかった)『ボロワーズ/床下の小さな住人たち』という映画がありました。あ、日本だと宮崎アニメ『借りぐらしのアリエッティ』が「ミニチュア人間もの」ですが、うーんできれば実写で観たい、というのは高望みしすぎなのだろうか(大昔『ウルトラマン』のアニメ版『ザ・ウルトラマン』というのがありましたが、ミニチュア大破壊が観たかったぼくはアニメ版におおいにがっかりさせられた記憶があります)。『ミクロキッズ』や『インナースペース』も「ミニチュア人間もの」……いや『インナースペース』は『ミクロの決死圏』的な「体内冒険もの」なのでまたちょっと別ですが、巨人もの、巨大女ものと同じくらい「ミニチュア人間もの」も面白いので、これからも沢山作られることを願ってやみません。

ああっ、もう一つ大事なことを忘れていました。というわけで、『縮みゆく女』は「またまた大変なことが始まってしまいそうだ!」という予感でもって映画が終わるのですが、こういうときには是非「THE END?」あるいは「THE END…?」 というタイトルを入れてもらいたいものです(『縮みゆく女』は普通に『THE END』でした)。ぼくはこの「THE END?」というやつが本当に大好きで、できればどんな映画もそれで終わってもらいたいと思っているぐらいなのですが、話が長くなるのでこれについては別の機会にお話できればと思います。

あああっ、さらにさらに大事なことを忘れていました。最初の方で「ゲイ・レズビアン特集」だと書いたというのに何てことだっ。えーなぜ今回『縮みゆく女』を取り上げたかといいますと、監督のジョエル・シュマッカーがゲイなのは先に書いたとおりですが、主演のリリー・トムリンもゲイ(レズビアン)だからです。リリー・トムリンは本作の脚色を手がけたジェーン・ワグナーと公私共に長年に渡るパートナーで、1971年から2013年まで42年間に渡って「パートナー状態」だったのち、2013年に晴れて結婚したのでした(カリフォルニア州では2013年6月26日から同性婚が正式に受け付けられるようになったため)。よかったですね。

 

 

高橋ヨシキのクレイジー・カルチャー・ガイド!』より一部抜粋
著者/高橋ヨシキ(デザイナー、ライター。チャーチ・オブ・サタン公認サタニスト)
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