ちっとも甘くなかった。国民食「あんパン」誕生に隠されたヒミツ

 

安兵衛と梅吉、英三郎はあんパン作りに向け寝食を忘れるくらいに知恵を絞った。先ず状況と問題点を分析。

  1. 日本人は、酒まんじゅうや大ふくもちなど、あんを包んだ和菓子が好きである。
  2. パンは、これらの菓子とは異質の味であり、その風味も気になる。
  3. パン生地に砂糖や鶏卵を加えたら、和菓子の味にならないか。
  4. あんを包みこんで蒸すのではなく、パンのように焼けないか。
  5. 日本人に好まれる発酵の風味が出せないか。

しかし、試作の繰り返しは失敗の連続だった。酒種は発酵の管理が難しい。砂糖が多いのでうまく発酵してこない。生地がダレてしまって、パンにならない。しかし安兵衛らはくじけなかった。更に試行試作を繰り返す。そして、ついに米麹種という独特の工夫をこらした発酵を完成させる

すなわち酒づくりに使うモロミ段階のものなら、甘酒などよりはるかに発酵力が強く、これなら相当砂糖を加えたパン生地でもふんわりと膨らむことが、実験の繰り返しでわかったのである。

これはもう異人ベーカリーの食パン生地ではなく、まんじゅうの皮ともパンともつかぬ発明品だった。安兵衛はこれで小豆あんを包み、しかも蒸すのではなく焼き上げた。世紀のあんパンの誕生である。

バルコニー付きのしょうしゃなレンガ作り2階建てが並ぶ銀座の表通り、まるでそこだけヨーロッパが引っ越してきた感じだったといわれるが、意外に空き家が目立ち、景気は今ひとつだった。そしてこの通りに、新橋・日本橋間の鉄道馬車が開通するのが明治15年(1882年)。にわかに活気の出始めたこの街で、最初の日本人ベーカー木村屋のあんパンが名物になり、売れ行きも激増して行く。明治から大正の末にかけ、毎日10万個のあんパンが売れいつも店頭に長蛇の列ができるほどだったという。

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