上品、気配り、スピード感。主婦はいかにして会社を立て直したか

 

セミナーで社長業を猛勉強

それからは自宅で録音したセミナーの音声を家で聞き直しノートに書き起こして勉強したという。セミナーの講義を聞いて経理部長から小松ばね工業の銀行印と実印を取り返し、2年間も赤字が続いたので自ら経営計画書を作成。社内で発表する覚悟を決めた。当初は古参役員も社員も真剣に取り合おうとしなかったが、次第に社員が支持にまわるようになり古参役員たちは辞めて行った。当初は経営計画書の作成費用も認められず、見ようともしなかったので自費で作り、経営計画発表会も自分で社員に来てもらい説明した。

何せ初めてのことだったので、最初は恥ずかしい思いも感じたが、大株主である自分が責任をとらないと会社は潰れてしまうと考え、経営理念の第一にお客様第一主義に徹すると宣言。マーケットの変化をみて従来の線バネ中心から板バネに代えていくこと、会社を綺麗にして働く環境を自分達の手で変える(清掃業者に依頼しない)、月次の計算書を作りバランスシートを重視すること、お客様のところをまわり要望を聞いて改善してゆくこと──などを次々と実践してゆくと社員の顔つきも生き生きとし社内の雰囲気空気も大きく変わっていった

社員に気配り、グローバル化に対応

また、社員を大事にするため月毎に誕生会を開いたりバレンタインチョコを配るなどの心配りをした。さらにバネの需要先も自動車からカメラ、医療用など世の中の動きをみて先取りした技術開発や顧客開拓も行なった。

さらに東京の物価が高くなってきたので東北に新工場を設立、グローバル化の動きをみて日本貿易振興機構ジェトロの海外使節団に参加し、アメリカ、EU、アジアなど11カ国をまわり、結局インドネシアに新しい工場を作ることも決断する。社外のプロを3人ほど招き経営に参加してもらったこともあったが、ゴルフばかりやっていたり、現場を見ず品質管理で不手際を起こすなどのことがあり、結局辞めてもらったという。そのうちに長女と長男が入社してくれたので長女に国内の社長、長男にインドネシアを任せ落ち着いた。リーマンショック時は、売上げ利益が3割減6割減まで落ち込んだこともあったが何とか持ち直してきたという。

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