海外のメディアのニュースを、日本のマスコミではあまり報じられない切り口で本当はどういう意味で報じられているのか解説する、無料メルマガ『山久瀬洋二 えいごism』。今回は、今アメリカで、千年ぶりにキリスト教の様々な宗派が一つにまとまろうとする動きが起きていることの歴史的な意味と、そこに潜むリスクについて語られています。
見えない組織から生まれたアメリカの「新たなうねり」
The more you can make your organization invisible, the more influence it will have.
訳:あなたの組織が見えなくなれば、より多くの影響を与えることができるようになる( Douglas Coe の講演より)
【ニュース解説】
Invisible organization「目に見えない組織」という言葉があります。これは通常ビジネスなどでバーチャルな連携によって発生する組織を意味する言葉です。しかし、この言葉は元々宗教活動などにおいても使用されていました。
例えば、キリストが最初に伝道をはじめ、その後彼の弟子たちが教えを広めはじめたとき、それは Invisible organization でした。しかし、その組織は確実に拡大し、やがてローマ帝国末期に国家の宗教として崇拝されるに至りました。
この Invisible organization の運営者であることを自認した人物が主催し、大統領をはじめとするアメリカの政財界の大物が任期中に必ず一度は参加するイベントがあるのです。それは毎年2月の最初の木曜日に朝食からランチ、さらにはディナーに至るまで開催される National Prayers Breakfast です。
2017年の冬に他界したDouglas Coeという人物が運営するThe Fellowshipというキリスト教系の組織がそれを主催します。Douglas Coeは、オレゴン州出身のプロテスタント系の伝道師で、終生自らのことを Invisible organization の主催者だと語っていました。実際、彼の主催する組織の活動に参加した政治家は民主党、共和党を問わず、直近ではヒラリー・クリントンやジョージ・W・ブッシュなど、アメリカのほとんど全ての指導者を網羅しています。
そして、Douglas Coeは、ネットワークを通じ世界中の政治家とアメリカの指導者とのミーティングをアレンジし、イスラエルやアフリカ諸国、ソビエト崩壊後のロシアなど、様々な地域とアメリカとの紐帯に貢献したのです。
日本では知られていない事実でしょう。彼はその組織を通じて一つの目論見を果たそうとしていたように思えます。それはキリスト教の再組成という遠大なビジョンです。
アメリカ人の多くはキリスト教を信仰しています。アメリカ人の最大多数が所属する様々なプロテスタント系の宗教組織に加え、アイルランドやイタリア系のアメリカ人を中心にローマ・カトリックも深く社会に浸透しています。今、そんなキリスト教を一つにまとめようとする動きが静かに進行しているのです。その輪はさらにキリスト教の母体として旧約聖書を共有するユダヤ教にまで及ぼうとしています。元々アメリカの友好国ではあるものの、トランプ政権はさらにイスラエルとの同盟関係を強化し、中東諸国に衝撃を与えています。
さらに、アメリカとロシアも決して以前のように激しく敵対するライバルではなくなりました。ロシアがソ連の主軸国であったころ、アメリカは共産主義への脅威から、ソ連と激しく対立していたことは周知の事実です。しかしソ連が崩壊し、ロシアに伝統的に根付いていたロシア正教の活動が活発になると、アメリカとロシアは猜疑心を持ちながらも静かな接近をはじめたのです。
西暦395年にキリスト教がローマ帝国の国教となって以来、ローマ帝国に保護され、国家の精神的支柱となったキリスト教を、人々はローマ・カトリックと呼びました。そしてローマ・カトリックは自らの教義に相容れないキリスト教徒を異端として追放し、以来長年にわたってそうした人々に厳しい迫害を加えてきました。そして、キリスト教ではないにしろ、キリスト教の母体ともいえるユダヤ教に対しても同様の迫害を加え、その伝統は近現代にまで至りました。帝政ロシアやナチスドイツでのユダヤ人への迫害は20世紀の記憶として人々の心に焼き付いています。
さらに、ローマ・カトリックは、東ローマ帝国が主催するキリスト教に対しても、教義の違いをもって絶縁し、それがロシアやギリシャなどで信仰される正教会と呼ばれるキリスト教の母体となりました。16世紀以降、そんなカトリックの権威に対抗して広がったプロテスタント系の人々の活動も、神聖ローマ帝国とつながるカトリック系の国王や領主などからの厳しい弾劾を受け、プロテスタント系の人々の多くが新大陸に避難し、アメリカ合衆国成立の原動力となりました。
このように、キリスト教の様々な分派は分裂と対立を繰り返し、お互いを強くけん制しながら、現代に至ったのです。
過去にそんなキリスト教世界がまとまろうとしたことが一度ありました。それは、イスラム教国であったセルジュークトルコが東ローマ帝国を圧迫したときのことでした。時の東ローマ帝国皇帝が、絶縁状態にあったローマ・カトリックの教皇に救援を求めたことがあったのです。それが世に名高い十字軍がはじまった原因となりました。一瞬とはいえ、キリスト教が対立から融合に向かった瞬間です。1096年のことでした。
それから千年近くを経た現在、キリスト教の多様な組織が共存するアメリカ社会の中で、それまでの対立から融和へ向かった静かな活動が再びはじまったのです。それは、共産主義の脅威に起因し、現在ではイスラム教との対立軸の中で政治とも融合する一つのうねりとなりつつあります。それがトランプ政権でのイランや中国との対立、さらにはイスラエルとの同盟強化の向うにあるパレスチナの人々やアラブ社会との対立などを生み出しました。こうした静かな動きを支える組織こそが、Douglas Coeなどに代表される Invisible organization なのです。
人は、生まれながらにしてその地域の文化の影響を受けて育ちます。例えば、アメリカの漫画を思い出してください。スーパーマンでも、トムとジェリーでも、ポパイでも、そこには常に正義のヒーローと悪人とが存在し、正義が悪をやっつけるというテーマが底流に流れています。子供の頃から、人々は無意識に、この二元論を植え付けられてしまうのです。
その背景には宗教での正邪の発想があります。この正義と悪との二元論は歴史を通して人々の心に刻まれ、人々を敵と味方に引き裂きました。古くはキリスト教内での異端への弾劾にはじまり、近年では第二次世界大戦において、ドイツ人が自らを正義として、ユダヤ人が悪人であるというレッテルを貼って虐殺しました。
今、アメリカ社会の中には、共産主義を経て、イスラム教への脅威が新たな善と悪という対立項を人々の心の中に植え付けています。この善と悪という2元論が浸透する過程をみれば、最初の段階ではどこにもそれを指導するリーダーは存在しません。それは町の教会での日曜日の礼拝や、学校での道徳の授業、あるいは家庭教育などといったごく日常の中で培われてゆく価値なのです。
そして、その価値がある程度社会の価値として認知されたとき、そこに指導者が現れ、一気に社会や国家を統率するようになるのです。Invisible Organization とは、そうした日常の小さな営みを巨大なうねりに変化させる見えない触媒の役割を担っていることになります。
キリスト教が過去の対立から融合への向かうことが良いことか、それとも新たな二元論へ向けて人々を駆り立てる危険な行為かは、我々一人一人がしっかりと判断しなければならないことでしょう。ただ、現在問題となっている政治の世界でのポピュリズムは、この日常の価値を巨大なうねりへと変化させる強力な触媒となっていることは事実です。
日本と韓国との対立、中国とアメリカとの対立、イスラム社会でのシーア派とスンニ派との対立、さらに宗教に起因するインドとパキスタンの対立など、二元論が社会に浸透するとき、常にそこには Invisible Organization という触媒があり、それによりガスが充満したときの起爆剤の役割を担おうとする、チャンスを狙う指導者がいることを我々は注視しなければならないのです。
image by: Pete Souza [Public domain], via Wikimedia Commons