小山田圭吾の誤解と誤算。五輪「結局辞任」劇、謝罪の専門家はこう見る

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元フリッパーズギターのメンバーで、1994年よりソロユニット「Cornelius(コーネリアス)」として音楽活動を続けている元祖渋谷系アーティスト・小山田圭吾(52)が、東京五輪の開会式の楽曲担当となったことで、過去に雑誌で自慢げに披露した「障害者いじめ」が再燃し世界中で大炎上、そして19日夜に楽曲担当を「辞任」する意向が発表されました。「謝罪のプロ」として知られ、さらに「危機管理のプロ」としてコンプライアンス研修の講師も務める増沢隆太さんは、まぐまぐのコンテンツプラットフォーム「mine」内で、今回の小山田の炎上騒動について「ツイッターのみで謝罪」という行為が、さらなる燃料投下になったことを指摘し、彼の今後の「生き方」についてもアドバイスしています。

【謝罪プロは見た】謝罪の限界 小山田圭吾氏いじめ問題、その先

呪われたオリンピックは続くようです。オリンピック開会式楽曲担当となった音楽家の小山田圭吾氏が、過去にいじめをしており、その自慢話を雑誌で公表していたことへの激しい批判が止まりません。私はよく「上手な謝罪」を指南してほしいと相談をいただくのですが、謝罪には限界があります。小山田氏はどうなのでしょう。

「上手な謝罪で何とかして下さい」というリクエスト

謝罪のプロということで、芸能人や政治家といった有名人がやらかし会見をするたびにコメントや採点を求められるのですが、謝罪代行をしている訳ではありません。

過去にクライアント企業の人事管理や組織管理上のトラブル対応で、その企業の方と共に危機対応する一環で、謝罪やトラブル処理にはいろいろと当たってきました。最悪の事態を何とか回避する。企業であれば会社の存続ができない事態を回避することなどが目指すゴールになります。

しかし謝罪だけで、どんな事態でも何とかなる訳ではありません。謝罪ではどうにもならないことは当然あります。例えば犯罪です。犯罪は謝って済む問題ではないからです。私がよくコメントを求められる不倫問題は、正確に言うなら犯罪ではありません。配偶者に対する損害賠償はあっても、第三者であるファンやただテレビで見ているだけの一般視聴者は被害者ではないのです。

謝罪会見で怒りを受けずに逃げようとした場合は、100%失敗するか、自分自身が芸能界から消えることになっています。一方、上手に怒りを受け止め、反発を和らげることに成功すれば芸能活動も継続でき、芸能人としての危機回避ができる場合もあるのです。

小山田氏は詰み状態

しかし犯罪はだめです。違法薬物や暴行などの刑法犯罪の場合、どう謝ったところで致命傷となります。小山田氏が若かりし頃のインタビューで、かつて自分がいじめをしていたことを自慢話風に語った件は、百歩譲って単に「いじめ行為をしたことがある」という告白だったとしても限りなくアウトなのに、そのはるか上を行っています。

特定個人をいじめ、それを武勇伝のようにアピールし、さらにそのイジメの相手が障害を持つ人だったとなれば、「若気の至り」で済むような事犯ではないでしょう。私は小山田氏はオリンピックの役職辞任以外に道はないと考えます。(※編集部註:19日夜、小山田氏が辞任の意向を関係へ伝えたと報道)

炎上状態が収まらない中、ツイッターでの自身の反省を述べた謝罪文が発表されましたが、これまた「ツイッターで謝罪」という行為が、さらなる燃料投下になり批判が鳴り止む気配がありません。オリンピックの音楽監修者というメジャーな立場からすれば、もっと重々しい伝統的な媒体も使うべきです。

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