デジタル人民元が、対プーチン露の金融制裁“抜け穴”説は本当なのか?

 

SWIFTと国際決済を実行する仲介役を担うコレスポンデント(略称コルレス)銀行のネットワーク(以下、ネットワーク)はアメリカの金融支配の屋台骨である。このネットワークから締め出されることは経済的死刑宣告に等しい。これがアメリカの強みだが、ワシントンが過剰に政治利用すれば、当然、被制裁国は反発し、脱ネットワークの手段としてデジタル通貨への移行を加速する。

事実、「モスクワは『金融メッセージ伝達システム(SPFS)』と呼ばれるロシア版SWIFTを開発し、中国も『クロスボーダー銀行間決済システム(CIPS)』と呼ばれる独自のシステムを立ち上げている」(同前)という。

興味深いのは脱ネットワークを模索するのは制裁対象国ばかりではないということだ。欧州連合(EU)3カ国も「主にイランとの取引を念頭において、SWIFTを経由せず、米ドルを利用しない取引を促進しようと「貿易取引支援機関(INSTEX)」を立ち上げ」(同前)た。イギリス中央銀行のマーク・カーニー総裁も2019年に「世界貿易における米ドルの支配的影響力を抑え込む」国際デジタル通貨の考案を提唱しているのだ。

SWIFTとコルレス銀行を介さずにクロスボーダー取引を完結できるようするという意味では、カナダとシンガポールの中央銀行や香港やタイの金融当局も検討や試行を進めている。

アメリカの仲間のEUや英、カナダが脱ネットワークを模索するのは不思議だが、それを元米財務長官ヘンリー・M・ポールソン・Jr氏は、『フォーリン・アフェアーズ』(2020年7月号)の記事「準備通貨ドルとデジタル人民元──何がドル覇権を支えているのか」のなかで、「経済制裁でドルを兵器化すれば、同盟国と敵の双方をドルに代わる準備通貨の開発に向かわせ、この試みのために彼らは呉越同舟で協調するかもしれない。実際、EUが国際取引でユーロをさらに促進しようとしてきたのは、まさにこの理由からだった」と記している。

対ロ金融制裁でも原油依存度わずか8%のアメリカと40%前後もある欧州では制裁のダメージが大きく異なる。やり過ぎれば亀裂が深まるのも当然だ。ゆえにドル支配を揺るがす「リスクを作り出すのは北京ではなく、ワシントン」(同前)という指摘となるのだ。

今春中国で開催されたグローバル・ガバナンス・フォーラムの報告によれば、過去8年間に米欧が発動した対ロ制裁は8,068件(4月1日まで)に達し、このうち5,314件は今年2月22日以降に発動されたというから凄まじい。ジャック・ルー前財務長官はかつて、「制裁の乱用が、世界経済における指導的立場と制裁自体の有効性を損なう」と警告したというが、このままではいずれ中国のデジタル人民元が「同盟国とならず者国家の双方が求めるソリューションとなる恐れ」(同前)が現実となるかもしれないのだ。

現状、ドルは相変わらず支配的通貨(準備通貨)だ。人民元は通貨別決済シェアで2.7%(昨年12月)と第4位でしかない。

だが世界のGDP(国内総生産)に占めるアメリカのシェアは40%から20%台前半へと低下し、貿易額の世界シェアは10年以上前から1位の座を中国に明け渡している。将来という意味では人民元がドルに匹敵する役割を果たすポテンシャルは否定できない。

直近の国際通貨基金(IMF)の「世界経済見通し」を見ても、先進国経済に対する新興国・発展途上国市場の伸びは顕著だ。なかでも高い伸びが予測されているのが中国だ。世界貿易における存在感と同様に決済における役割も高まると考えるのは自然だ。

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