ウクライナ戦争を利用する狡猾さ。国際社会の表舞台に復活した国の名前

 

しかし、この越境攻撃の主目的は何でしょうか?

シリア北部地域をトルコが取ろうとしているという意見も耳にしますが、これはさすがに、今のウクライナ戦争の状況を見ても明らかなように、決して国際社会が受け入れてはくれませんので、ここまでのことは狙ってはいないようです。

どちらかというと、シリア北部で勢力拡大を行っているYPG(クルド人民防衛隊)などを駆逐し、同地域をシリアのアサド政権と“協議”の上、中立地帯・緩衝地帯として、そこにトルコ国内のクルド人を移動させて“閉じ込める”というプランの実施が主目的だと思われます。

実はこのプランの背後には、同じくクルド人の影響力拡大に懸念を抱くイラクも存在し、イラク北部に拠点を置くとされるPKK(クルド労働者党)とその武装勢力の駆逐を望んでおり、実は今年4月にもトルコによるイラク北部シンジャールへの大規模空爆(トルコの武器博覧会とも揶揄された攻撃)も容認しています。

この勢力の残党も、先ほど触れたシリア北部地域の“緩衝地帯”に移動させるプランがあるようです。トルコのスレイマン・ソイル内務大臣曰く、「米国と欧州の手から、イラクとシリア、そしてこの地域を守るために、トルコは行動する」とのことで、確実にトルコ周辺地域における(中東地域における)基盤固めを進める覚悟が見えてきます。

まさに、世界の目がウクライナに向いているうちに…。

ではどうしてここまでこの時期にエルドアン大統領はクルド人掃討作戦にこだわるのか?

首相時代からクルド人勢力をテロ組織と認識して攻撃してきたこともありますが、一番は来年に予定されている大統領選挙に向け、何とか支持率回復を行いたいという意向が見えます。

欧米諸国からの経済制裁に加え、世界を襲ったコロナのパンデミック、そしてウクライナ戦争に関して欧米諸国がロシアに課した経済制裁の悪影響の波が重なり、トルコ経済状態の悪化が止まらず、特にハイパー・インフレとも言われるほどのインフレの苦しめられていることもあり、エルドアン大統領の経済政策に対して、国民からの不支持率がこのところ急上昇していると言われています。

最近のデータ(2022年4月発表のIMFのWorld Economic Outlook Database)ではこの1年でトルコのインフレ率は前年度比60%強に達しており、7月1日発表予定の統計ではそれが70%を超えるだろうと予想されています。

国民感情は悪化の一途を辿ることが容易に予想されるため、それを和らげ、そして改善の方向に向けるための切り札として、トルコも他の政府と同じく、“戦争”や“国家安全保障問題”を前面に押し出してきていると思われます。

しかし、もちろん、クルド人問題のみでは、リーダーシップの回復にはつながらないでしょう。そこでエルドアン大統領が狙っているのが、ウクライナ戦争におけるロシア・ウクライナ間の和平協議を主導することです。

世界の目・関心が集まり、不謹慎なことにその勝敗がロンドンでは賭けの対象にされるまでになっているロシアとウクライナの戦いに深くかかわり、可能な限り中立のイメージをアピールすることで「エルドアン大統領こそがトルコのリーダーだ」というように支持率の回復につなげたいとの魂胆が見えます。

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