限りなく無色透明。なぜ安倍晋三氏は長期政権を維持できたのか?

 

ただ、安倍氏の優れたところは、世界観や哲学のレベルから演繹することはできなくても、個別の政策に関しては、前後左右の見取り図を理解した上で、判断と判断にしっかり整合性と説得力を持たせることができたといいうことです。これは地頭(じあたま)が良いというだけでなく、やはり岸信介、佐藤栄作、安倍晋太郎といった大きな存在の背中を見て育ったことが奏功していたのだと思います。

その意味で、耳障りのいい「中道左派のポピュリズム政策」を幕の内弁当のように詰め込んだら、整合性も一貫性もないために、何一つ成果を実現できなかった、民主党政権の統治スキルとの比較では、完全に勝負あったということは言えるでしょう。

ある意味では、安倍晋三という方は、世界観の人でもなく、美学の人でもなく、また博学な人でもなく、無色の人であったのだと思います。無色だからこそ、官僚組織に乗っかって長期の政権運営が出来たのだろうし、また無色だからこそ、大胆な政策(金融緩和、トランプとの対決)なども実行できたのだと思います。

けれども、そのように無色であるが故に、この方は自分がまさか非業の死を遂げるとは全く思っていなかったに違いありません。政治というのは、巨大な現実の調整です。調整に完璧はなく、政治には犠牲が伴います。政治が救済しきれない問題も数多くあり、結果的に政治が人を殺すというのは避けられません。ですから、どんなに平時であっても、政治というのは人の命のやり取りであり、為政者は究極の覚悟を常に持っていなくてはなりません。

残念ながら、安倍晋三という人には、そのような悲壮な覚悟というのは少なかったように見受けられます。よく言えば、だからこそ、日本という国の複雑で巨大な利害調整を8年以上担っていながら、少年のような心を維持できたのだと思います。まさか、非業の死を遂げるとは思っていなかったであろうというのは、そのような意味合いであり、それゆえに、その死は深い悲嘆の感情を喚起するのです。

この安倍晋三という人の無色ということですが、政治的には大変に大きな効果を発揮したのでした。

まず、支持者に対しては、一つの手品のようなマジックが生まれました。単に保守イデオロギーの旗振りというのでは、あのような人気は生まれなかったのだと思います。また、政治家一家の3世だということでは、場合によっては世襲批判のターゲットになる可能性もありました。

ですが、他でもない保守の低学歴層、困窮層の支持は、決して揺らぐことはなかったように思います。それは愛国心という麻薬を与えて、現実逃避をさせたとか、左派は富裕層だと暴露して、左派と困窮層の分断を図ったというような単純な問題ではなかったように思います。安倍晋三という方の持っていた、ある種のどうしようもない無色さ、そこに人々が心を寄せる何かがあったのです。

例えば、政治家一家に生まれながら、大学を出て就職するまで知的好奇心など、自身を向上させるモチベーションに恵まれなかった、そんな印象があります。それだけなら、怠惰なお坊ちゃんで終わるわけですが、それでも「ひねくれなかった」という芯の強さと、父の急逝により家業である政治を承継、そこから一念発起したという晩成型のキャラクターは、不思議に庶民感情の琴線に触れたのでした。

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