トランプ・ショックで厚みを増した、米国を分断する高く重い壁

 

ルサンチマン

今回の選挙では、ヒラリーが「エスタブリッシュメント」の代表で、政治家ではないトランプはそのようなエスタブリッシュメントをひっくり返すことができる人物だとトランプ支持者は感じていた。ていうか信じているらしい。 

トランプは企業と富裕層に大幅な利益をもたらす減税を公約していて、ヒラリーは富裕層への増税を公約していたのだけれど、トランプ支持者が目のかたきにするエスタブリッシュメントというのはお金持ちのことではなくて、「いまのアメリカを動かしているシステムとその中にいる目にみえて偉そうなやつら」のことだ。その中には、東海岸や西海岸の都市で「ビバ多様性!」とか言っている「進歩的」なインテリやメディアも含まれる。 

選挙キャンペーンのラリーに集まったトランプ支持者は、ぞっとするほど熱かった。「ヒラリーを牢獄へ」「メキシコに塀を」「移民はもう来るな」というスローガンで熱狂する人びとを動かしていたのは、エスタブリッシュメントに対するresentment だった。 

resentment をひとことで表現できる日本語はない。自分の置かれた状況とそれを作り出している世界に対するモヤモヤした憤り恨み不満。 

テツガク用語としてやってきて日本に定着している「ルサンチマン」というのが、多分いちばん正確に表しているように思う。 

都市にはインド人や中国人が来て高給を取っているのに、自分の住む地域では経済が一向に上向かず、暮らしは悪くなる一方だ。不法滞在の移民には権利が与えられるのに自分たちの生活はまったく顧みられない。わけのわからない奴らだけがトクをして、純粋なアメリカンであるはずの自分たちはないがしろにされている…。この人々が抱いている思いはそんなところなのだろうか。 

「アメリカはだんだん悪くなっている」「今の社会は最悪」と実感している、小さなさびれた町に住む人びと、特に、アメリカ社会の中で徐々にマイノリティになりつつある白人男性に、「移民が悪い」「企業に国内で生産させれば景気はよくなる」「ヒラリーのような嘘つきの政治エリートが企業と結託して世の中を悪くしている」とわかりやすい敵を指し示したトランプの言舌は熱い感動を呼び覚ました。 

Make America Great Again(アメリカをもう一度グレートにしよう)」というスローガンに熱狂する人びとを見るたびに、わたしは、ネイティブ・アメリカンの「ゴーストダンス」を思い浮かべてしまった。

白人が突然イナゴの群れのようにやってきてバッファローを絶滅間際まで乱獲し、土地を独占してネイティブたちを狭い居留地に追いやったとき、平原に住んでいた民の間に熱病のように新しい宗教がはやった。鉄砲の弾も通さないというシャツを着て踊り続けることで、白人がいなくなり、バッファローが戻ってくるという信仰だ。 

白人男性が無条件に尊敬を受け、女は黙って家事と子育てにいそしみ、黒人やヒスパニックが権利を求めてホワイトカラーの仕事にしゃしゃり出て来たりしない時代のアメリカ、白人男性が女性を「ガール」と呼び、黒人を「ボーイ」と呼んで見下しても誰にも怒られなかった時代、『マッドメン』シーズン1の舞台になった1960年代初期のアメリカを、もしかしたらこの人たちは「偉大なアメリカ」だと思っているのかもしれない。デスパレートなトランプ支持者たちとバッファローの帰還を切実に願ったラコタ・インディアンの民と一緒にしたら、きっとラコタの人びとは気分を害すると思うけれど。 

ゴースト・ダンスの信奉者たちの精神的リーダーのひとりだった酋長シッティング・ブルは、熱狂する信者たちを薄気味悪く思ったアメリカ陸軍との衝突の中で殺害された。 

アメリカをもう一度グレートにの親玉は、国民の約半数の承認を得て(得票総数ではヒラリーが200万票以上上回っているものの)この国のトップに座ることになった。 

とはいえ、大平原を覆い尽くすバッファローの群れが帰ってこないように、彼らの夢見るグレートなアメリカもたぶん帰ってこない。 

でも、それほどまでに絶望していた人びとが溜飲を下げる機会を得たというのは、この国にとってもしかしたら良いことだったのかもしれない。 

グレートなアメリカが帰ってくると本気で期待している人がトランプ推し連合のいったい何%いたのかはわからないが、トランプが掻き立ててしまった熱と憎悪と夢は、トランプが政権を実際に運営していく中で、ゆっくり着地して中道に吸収されていく機会を得たのかもしれない。 

あの熱い人々の不満が、都市圏のリベラル人口に中指を突きつける機会を得て、国全体の対立が中和していくためのきっかけになった、のだといいのだけれど。 

いずれにしてもあらゆる分野で長くて憂鬱な衝突がたくさん起こるのは必至だ。 

トランプが発表しつつある人事をみても、リベラル側から見るといまの体制をかなりの部分「逆行させる気まんまんの面々がそろっている。 

規制緩和、大型減税、インフラ投資、貿易規制強化でレーガン時代のようなカラ景気を呼び込むという公約で、実現すれば肉まんの真ん中の人々にとっても長期的な利益になるとはとても思えない。

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