日本人としては「ごもっとも」とは言い難いところも少々あるが、比較文化はその両方を体験した人の言こそ何より説得力があるから無視もできない。確かに信頼さえできるなら他人に自分の印鑑を託すことで能率化を図ることは可能であろう。
彼はとにかくハンコを愛した。蔵書印の話をしたらすっかり気に入ってしまい「賢人山房」という印章をすぐに拵えて本と言う本に押しまくっていた。しまいには蔵書印を押したくて本を買っているのではないかと思うほどであった。
私が本を出す時には「なぜ著者検印をしないのか。印も押さずに印税をもらうつもりか」などと言ったりもしていた。まったく「著者検印」など一体どこで仕入れた知識なのか。
その彼も十年前にガンで死んでしまった。もし彼が生きていたらハンコをなくそうとしている今の日本を見てどう思うだろう。なにしろ「著者検印」に拘った男である。だまってはいないだろう。ひょっとしたら「日本が駄目ならアメリカで」などと言い出したかも知れない。
私の有印文書だらけの書斎も五年後、十年後には少しは片付くのかな、などと思いながら友人「剛腕・賢人」氏のことを懐かしく思い出すのであった。
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