京大教授が暴露。コロナ禍を悪用する腐敗医師らの「命より金儲け」主義

 

(1)かつて、日本の医者達は、諸外国と同様、患者の生命と健康、ひいては幸福の為の「仁術」として、医療行為を行っていた。決して、患者の命を出しにしてカネを儲けてやろうとか、カネ儲けのためだったら患者のトータルとしての健康が悪くなってもまぁいいやなんていう、「下劣かつ下品な不道徳」は医者業界に蔓延ってはいなかった。

(2)結果、多くの日本人は医師達に尊崇の念を持つに至った。

(3)ところが、戦後、アメリカ流の「専門医制度」というのが、日本に導入され、それが日本の医療業界を抜本的に変質させることになった。

(4)そもそもかつては医者と言えば、得手不得手はあるにしても、あらゆる病気の面倒を見る「町医者」が一般的であった。一方で「専門医」というのは、「循環器」だとか「消化器」だとか「眼」だとか「耳鼻」だとかいう何らかの「専門」を持つ医者である。そして、そういう

  1. 専門医を教育研修システムを通して量産し、
  2. 専門医として様々な病院に勤務させ、
  3. 患者の症状にあわせて、担当させる「専門」を決めて、その専門医に診療させる、という仕組みが「専門医制度」と呼ばれるものである。

(5)「町医者」は、患者を一人の人格を持った人間として扱い、その人間の「トータルな健康」の維持・増進を目的として診療をする医師である。一般の国民が持つ医師のイメージに近い。

一方で、「専門医」は、患者を一人の人間として捉えるのではなく、「障害のある腎臓」だとか「障害ある腎臓」だとか「障害ある循環器」を持っている人とだけ捉え、その障害を取り除こうとする医師である。したがって、専門医は、患者の「トータルな健康」の維持・増進に本質的な関心をさして抱かない。一般の国民が持つイメージとは大きくかけ離れた存在である。

(6)これは、「町医者」は患者の健康と幸福の維持増進すべきだというモラルを持つが「専門医」はそういうモラルではなく、「(患者が望む限りにおいて)自分が専門とする部位の障害を取り除くべきだ」という(彼等独自の職業的)モラルを持つ。

(7)だから専門医は、患者が不健康になろうが幸福でなかろうが、それについてはほぼ眼中になく、ただただ「自分が専門とする部位の障害を取り除くために有効な治療行為を、その副作用についてあまり頓着しないままに、延々と繰り返す」という事になる。

(8)ただしもちろん、専門医と言えど患者に対して最低限の意思確認は行うが、その際には、副作用についてはほぼ言及しない(なぜなら副作用の存在そのものについて頓着していないので、理解していないケースすら多い)。その結果、患者は医者に医療行為を提示されれば「お願いします」と言ってしまうのが常態化することになる。

折りしも(2)で指摘した様に、日本人は医者達に対して高い信頼感を持っているので、医師の進めを断る患者はほとんど居ない。この事は、日本人は、医者達の「言いなり」になって、通院するわ薬は飲むわ入院するわ……を繰り返すことを意味している。

(9)そして質の悪い事に、現在の日本の医師達は「自分が専門とする部位の障害を取り除くために有効な治療行為を、その副作用についてあまり頓着しないままに、延々と繰り返す」という行為を、さながら「中毒」のように進めてしまう動機を強烈に持っている。

なぜならば、それをやればやるほどに、おカネが儲かる仕組みが作られているからである。

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