ブレない脱原発。菅直人元首相が反対討論で「安倍晋三」の名を出した理由

2023.05.11
onk20230511
 

「エネルギーの安定供給」や「脱炭素化」といったワードを駆使しつつ、原発回帰に向け突き進む岸田政権。そんな彼らに待ったをかけたのは、原発事故を首相として経験した唯一の政治家、菅直人氏でした。今回、毎日新聞で政治部副部長などを務めた経験を持つジャーナリストの尾中 香尚里さんは、GX法案に対する菅氏の反対討論について解説を交えながら全文紹介。その上で、彼の発言全てを掲載した意図を記しています。

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

岸田のちゃぶ台返しは我慢ならぬ。GX法の反対討論に立った菅直人のブレない脱原発

立憲民主党の菅直人元首相(党最高顧問)が4月26日の衆院経済産業委員会で、原発の運転期間を「60年超」に延長可能にする「GX(グリーントランスフォーメーション)脱炭素電源法案」の採決を前に、反対討論に立った。11年前の東京電力福島第1原発事故当時の首相として「脱原発」に大きくかじを切った菅氏。首相退任後も一議員として、原発問題を中心に国会質疑に積極的に臨んできたが、自らが敷いた国家方針を「ちゃぶ台返し」するかのような岸田政権に我慢がならなかったのかもしれない。

原発政策については国民の間にもさまざまな意見があるだろう。しかし、どんな立場をとるにせよ、この機会に12年前の「国難」を改めて思い起こし、胸に刻むことは、決して無駄ではないと考える。

約5分半に及んだ反対討論を、解説を加えながら全文紹介したい。

政府提出の「GX脱炭素電源法(脱炭素社会の実現に向けた電力供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案)」について、反対の理由を申し述べます。

菅氏はこう前置きすると、やや意外なところから語り始めた。

亡くなられた安倍晋三元総理の祖父である岸信介元総理は、東条英機内閣の商工大臣だったときに、太平洋戦争開戦の詔勅に署名し、戦後、A級戦犯容疑で逮捕、収監されました。

一瞬戸惑ったが、謎はすぐに解けた。

いま、原発を推進していこうという趣旨の法律を成立させることは、約80年前に、アメリカと戦争をすることに賛成したのと同じぐらい、後になって犯罪だと批判される政治判断である。このように言わざるを得ません。

原発推進にかじを切ることを、太平洋戦争の開戦決定になぞらえた。開戦の詔勅に署名した閣僚はもちろんほかにもいるわけだが、あえて岸氏の名を挙げて「安倍晋三元首相の祖父」を強調してみせた。

なぜ安倍氏なのか。原発事故当時に安倍氏が「菅首相が原発を冷却するための海水注入を止めて事故を拡大させた」というデマを流したことへの遺恨なのか。おそらくそうではない。想定されたのは、安倍氏が第1次政権当時の2006年、巨大地震に伴う原発への危機の発生を過小評価していたことではないだろうか。

共産党の吉井英勝衆院議員(当時)が、巨大地震の発生によって原発の電源が喪失し、深刻な危機に陥る可能性を質問主意書で指摘したのに対し、安倍政権は答弁書で「我が国において、非常用ディーゼル発電機のトラブルにより原子炉が停止した事例はなく、また、必要な電源が確保できずに冷却機能が失われた事例はない」として、何の対応もしなかった。原発の「安全神話」に染まり、推進姿勢を一切見直さなかったわけだ。

それから5年もしないうちに、福島第一原発を大津波が襲った。原発は全電源を喪失し、菅氏は日本で初めて、首相として原子力災害対策特別措置法に基づく「原子力緊急事態宣言」を発令した。まさに「国難」だった。

print
いま読まれてます

  • ブレない脱原発。菅直人元首相が反対討論で「安倍晋三」の名を出した理由
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け