死してなおアンチを刺激。なぜ安倍晋三氏は左派にここまで嫌われたか?

 

岸田政権の登場で吹っ飛んだ親米保守という政治的立場

ところが、この不思議な「親米保守」という政治的立場が、岸田政権の登場により「ほぼ完全に吹っ飛んでしまった」と考えられます。具体的には、岸田氏が仕掛けたのではなく、外部環境が変化したのが契機ですが、岸田氏の作為もゼロではないと思います。とにかく従来の「親米保守」という枠組みは100%変化してしまいました。

まず、2022年2月にはウクライナ戦争が勃発します。これによって、ロシアは西側の仮想敵ではなく、明確な敵となってしまいました。これに対して、岸田政権は極めて明確に親ウクライナ、アンチ・ロシアの立場を確立します。これは、EUやNATOとしては基本的に歓迎であり、アメリカの民主党も大歓迎ということで、岸田政権は「正義の側に立つ」という自覚と自認を持つことになりました。

問題はこれだけではありません。2022年には中国における政権交代という大きな事件が発生しました。習近平というトップの顔は代わりませんが、中国は経済合理性よりも政治的な統制を上位に置く政体へと変化しました。また、東シナ海、南シナ海、台湾における覇権的な態度もより露骨になってきています。

この中国の変質ということは、日本に究極の覚悟を迫るものでした。これによって、日米安保体制は「できれば非武装中立」だとか「できれば自主防衛」といった空想的なイデオロギー論議から切り離され、「生存のためには米軍との連携が不可欠」という決定的な決意に至ったのです。

この大きな変化は、従来の親米保守が持っていた「防衛費・防衛産業の管理」という枠組みも壊しました。自民党政権としては、中国、ロシア情勢を念頭に置くと、アメリカとの同盟は「絶対に死守しなくてはならない」一方で、アメリカにはトランプ主義など「左右の孤立主義」があり、「いつ日本が捨てられてもおかしくない」状況がある、岸田氏の認識にはこの問題があったと思われます。防衛費の倍増という判断は、そのためであり、同時に防衛産業や防衛費を管理するという発想は極めて薄くなってしまいました。

そんな中で、例えばですが、従来の親米保守が持っていた「国内向けのパフォーマンス」であり「対外的には人畜無害」であった「枢軸の名誉回復」的な行動として、「靖国参拝」という問題があったわけです。この問題については、例えば岸田氏は極めて慎重ですが、それはご本人の考え方もあるかもしれないけれども、現在の状況下で「アメリカの世論を刺激しかねない枢軸の名誉回復」行動というのは、恐ろしくてできないということになっているのかもしれません。

そんな中で、いつの間にかカッコ付きの「親米保守」が、何のカッコもない親米保守に転換してしまったと言えます。これは非常に大きな日本の政治的風土の変質であり、そのインパクトは極めて大きいと思います。

非常に特殊だった安倍晋三という人のカリスマ性

(2)2点目は、庶民性キャラという問題です。安倍晋三という人のカリスマ性は、非常に特殊でした。そこには知識人・読書人の匂いは全くしないということがまずあり、良家の「お坊ちゃん」的な人の良さと弱さということがあり、若い時は早熟の反対でしかも学業にもそれほど熱が入らなかったというある意味では全くの「非エリート」という匂いも濃厚にありました。

そのように「頼りない」けれども「偉そうなエリートとは一線を画している」わけで、しかも「全く陰キャではない」中で、敵味方の論理で左派を攻撃する時は本当にロクでもないことも含めてブレずに頑張るわけです。つまり、弱さや甘さは丸出しで一生懸命ということが、妙に保守系の庶民感覚に刺さったのです。

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