一方キツネのまだら模様も遺伝子によって決定されるに違いないが、従順なキツネを選抜することにより、まだら模様のキツネが現れるということは、従順な性質をもたらす遺伝子と、皮膚をまだら模様にする遺伝子は、同じ遺伝子の多面発現ということなのかもしれない。他にも尾が巻き上がることや、耳が垂れることも人為選択の結果だとすると、これらの形質も従順な性質と遺伝的に相関しているのかもしれないが、そのメカニズムはどうなっているのだろうか。
オオカミがイヌに進化したのと同様に、家畜化されたキツネも顎と歯が小さくなったのは、食性が変化して、硬い肉をかみ切る必要がなくなったからであろうが、これは不用になった器官は退化するという、ラマルクの用不用説の不用説である。昆虫のマークオサムシでは、乾燥地帯に棲息していて飛ぶ必要がなくなった個体群は、同じ種でも湿潤地帯に棲息しているものに比べ、後翅が退化しているという。これは遺伝子の変化というよりも、環境変動によるエピジェネティックな変化で、遺伝子は変化しないで、その発現を制御するシステムが変化したようだ。
ところが、自己家畜化した人類は、イヌや家畜化したキツネと同様に顎と歯が小さくなっているが、これはヒト以外の霊長類に存在するMYH16(Myosin Heavy Chain 16)という側頭筋や咬筋を強靭にする遺伝子が、約200万年前に突然変異により消失したのが原因だと言われている。この突然変異は料理を覚えて柔らかい食物を摂れるようになった人類にとっては不利にはならなかったろうが、柔らかい食べ物を摂れるようになったのが原因で起きたわけではない。
オオカミやキツネにも同様な突然変異が起きた可能性はあるが、野生のオオカミやキツネではこの突然変異は不利なので、淘汰されたのであろう。家畜化されたイヌやキツネではこの突然変異は不利にならなかったので、淘汰されなかったということなのだろうか。
家畜化された動物には4つの共通点があると言われている。1.形態が多様化する。2.繁殖期が変化する。3.病気への耐性が低下する。4.自立性が低下する。上述した家畜化したキツネは、自立性が低下するように人為選択をかけたので、4は当然として、それに随伴して形態が変わったのだ。
愛玩用のペットなどは人間にとって好ましい形態を作るべく人為選択をかけていくので──(メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』2023年9月8日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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