信長から学ぶ、企業「戦国時代」統一のための正しい「仕事の流儀」

yomoyamabanashi20160726
 

社長であれば社員を、上司であれば部下を正しく導くため、「マネジメント」を学ぶことはある意味当たり前と言えますが、実は戦国武将も自らの兵を率いて戦に勝つため、マネジメント能力を磨く必要がありました。無料メルマガ『戦略経営の「よもやま話」』の著者・浅井良一さんが、織田信長を例に「正しい仕事とは何か?」を考えます。

正しい仕事の話

織田信長が「天下布武」の端緒を開くのは、永禄3年(1560年)尾張国桶狭間で行われた今川義元との合戦に勝利したことによります。そのときの兵力は義元が2万で、一方の信長の兵は10分の1以下のわずか2,000でしかなかったのは誰もがよく知るところです。毛利元就も、数倍する敵を天文24年(1555年)厳島戦で破っています。

寡兵で数倍する敵を打ち破る賭けは敵の虚をついてなした快挙ですが、命がけのぎりぎりの計算のうえでなされた行動でしょう。毛利元就は孫氏の兵法をはじめとする兵学書を徹底的に読み浸っていたそうで、信長は兵学書を読んでいないような雰囲気があるのですが「うつけを演じた様子などは楚の荘王の故事そのままです。

兵法書はマネジメント書に通じるものですが、生き死の修羅場を経験してきた武将にとってはその理解は「生もの」の知識だったと思われます。戦国武将にとって、戦に勝つことは命がけの成果です。しかし、この戦を行うこと自体は成果を得るためには下策であり、調略などの兵を損じない手立てこそが上策と言えます。

事実、信長にしろ元就にしても、合戦は「苦肉の策」で勝利後は勢力拡大のために手法は違うものの周辺の武将の取り込みに全精力を傾けています。ここで確認しておかなければならないのは命を懸けての「大ばくち」の目的ですが、それは周辺の武将が自身の保身と領地の保全のために駆け参じて来る「成果」がもたらされる「効用」があると見越してのことです。

大きな成果を実現させるには、いつの時代にも飛躍をかけた「大ばくち」つまり最大の成果を得られるための知恵を絞った仕事が必要です。今も、原理は同じで「画期的で顧客が喜ぶ」「未だ誰も行っていない」「初めて」の「仕事」を実行しなければチャンスはありません。「活動」は「成果」が実現できる「効用」があるからこそ実行するものです。

「仕事」のあるべきあり方とは「成果」つまり現在では「顧客満足」させる「効用」があり「従業員満足」も併せて実現させられる「活動」とします。もちろん、顧客の欲求は少なからずやってみなければ分かり得ないものであり、さらに「競争」と「変化」がその困難さを加重させます。だからこそ、正しい仕事の意味の理解は経営者にとっての基本教養です。

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