なぜ織田信長は「部下」に裏切られたのか?経営学の視点で検証

 

だのに「古くからいるから」とか「ここまで企業を一緒に盛り立ててくれた」とかさらに「縁故である」からなどで、地位につける場合が多くありますが、人情としては共感できても大方は破綻します。「縁故」以外の人については「栄誉と報酬をもって報いるのが原則です。この原則を過つと、機能としての組織は不全を来します。

当然の話をしましたが、最後に信長の没落とマネジメントの関係からマネジメントの「流行」について考察を行います。まず権力にはどのような基盤が必要かということを考えてみると、あげられるのは個人資質で、続いて財力組織でこれがないと権力の行使はできません。信長は全てにおいて卓抜で成果を実現させています。

次に行使の手段についてですが、経済学者「ガルブレイズ」は「威嚇権力」「報償権力」そして3つ目に独特な考え「条件づけ権力」をあげています。

さて信長の権力行使について吟味してみますと、信長が行ったのは「威嚇権力報償権力」で、価値観にかかわる「条件づけ権力」については機能主義から当初は利用したものの、利用価値が薄れると意を注がなくなります。

また人材の活用についても、当初機能第一の必要性より能力ある者、活用できる者を抜擢し場を与え、その活躍に応じて多大の報償を与えましたが、後に目標が達成してくるとその態度を変化させて行きます。「狡兎死して走狗煮らる」の喩のように、敵が壊滅すると利用価値のなくなった武将から無慈悲に追放が行われることになりました。

これは信長の美意識でもあって、機能主義の極端な行動パターンです。室町将軍にはじまり天皇にも及びそうな気配を持ち始めたときに、天下布武を可能にしたはずの機能主義が明智光秀の暴発を誘うことになったようです。日本人の潜在的な価値観では「能力主義」は容認しますが「帰属意識」を持つメンバーに対する危害は自らにも及ぶことでもあり忌避します。

現代の経営者でも、自己の都合で「帰属意識」を持つ社員を解雇することがありますが、日本人の感性に合わずで「条件づけ権力」の放擲になります。信長の場合は天下を制する目前でもあり、功少なきであっても「小禄」「栄誉」を与える様子さえ見せてさえいれば「条件づけ権力」も保てたでしょう。信長と言えども世俗に通じないがために、余命を絶つことになりました。

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