明治から150年、「近代化」に2度も失敗したニッポンの反省

 

「近代化」に2度も失敗した日本

もちろん、この150年を暗くばかり描くのもどうかと思うけれども、佐伯啓思が今年1月12日付朝日新聞の「矛盾はらんだ日本の近代」で指摘したように、この一連なりの時代を貫く矛盾性において捉えなければならない。

佐伯に言わせれば、明治改元から73年を経て1941年の太平洋戦争4年間の戦争の悲惨を挟んで戦後がまた73年で今年である。前半は「手段であったはずの西欧化が模倣ばかりの奴隷根性になり下がって和魂を失ってあの大戦争へ」転がり込んだ73年間だったし、後半は「戦後の第2の近代化もアメリカ化で独立の気風を喪失したことは同じ」だった(写真2)。

結局、73年ずつかけて2回も近代化に挑んで、2回とも失敗したのがこの150年だったと言えるのではないか。

どうしてそんなことになるのかと言えば、日本人はどうも、1つの時代をキチンと総括して終わらせて次の時代に進むということが苦手で、そのために、何と150年も費やして同じ過ちを繰り返すという馬鹿げたサイクル(無間地獄)に陥っているのではないか。

原田伊織は『明治維新という過ち』(毎日ワンズ、15年刊)で、明治維新では「それまでの時代を全否定し、ひたすら欧化主義に没頭した挙句に、吉田松陰の主張した対外政策に忠実に従って大陸侵略に乗り出した」と指摘し、それと同じ過ちが第2次大戦後も繰り返されて「敗戦に至る過ちを総括することもせずに、ただ単純に、昨日までは軍国主義、今日からは民主主義などと囃し立て、大きく軸をぶらしただけ」だったと述べている。

とすると、この150年を振り返るには、まずその出発点としての明治維新とは何だったのかを再考しなければならない。我々が長く公教育を通じて叩き込まれてきた、薩長土肥の下級武士を中核とした「勤王の志士たちによる倒幕維新こそが近代日本の夜明けを切り開いたとする歴史観は、司馬遼太郎の『坂の上の雲』や『竜馬が行く』などで著しく神話化され、それをまたNHKの大河ドラマが(今現在の「西郷どん」がまさにそうであるように)娯楽的に映像化することで、ほとんど抵抗のしようがないほどまでに国民の意識に浸透してきたけれども、本当にそうなのか。

原田に言わせれば、「日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト」という上掲書の副題が示すように、松陰の下に集ったとされる桂小五郎、高杉晋作、山縣有朋、伊藤博文ら長州武士は、王政復古の皇道主義イデオロギーに毒されて何が何でも徳川幕府を滅亡に追い込もうとする過激な暗殺者=テロリスト集団であって、結局、彼らが陰謀と殺戮の限りを尽くして天皇を人質に取った軍事クーデターを決行したのが維新というものだった。

吉田松陰が維新の精神的指導者であるかに言われているのは噴飯もので、『吉田松陰著作選』(岩波文庫)などを見ても、内政上の政治指針としては、開国論者や公武合体論者などを暗殺せよという以外にはほとんど何も持ち合わせていない。

また対外政策としては、「北海道を開墾し、隙に乗じてカムチャツカ、オホーツクを奪い、琉球にもよく言い聞かせて幕府に参観させるさせるべき。また朝鮮を攻め、古い昔のように日本に従わせ、北は満州から南は台湾・ルソンの諸島まで一手に収め、次第次第に進取の勢を示すべきである」(幽囚記)という単純明快一本調子の対外拡張主義を述べていて、結局のところ弟子の伊藤博文率いる明治国家は、それをそのまま実行するのである。

これが150年の前半の73年が失敗に終わった根本原因である。

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