アニメ「一休さん」から謎を解く。昔は違っていた「母」の発音

 

それを考える前にまずこの時代の日本語表記法について少し触れておきたい。独自の文字を持っていなかった古代日本人は大陸の文字、漢字で日本語を表記した。その表記方法には正訓、義訓、借音、借訓の四種類があって、このうち借音が古代日本語の発音を探るのには最適である。借音の例を挙げると

「波流」=ハル=春(springの意)
「奈都」=ナツ=夏(summerの意)

などである。一見して分かるように漢字からその意味を捨象し、表音文字として用いたのがこの借音表記である。当然それには当時の日本語の発音に近い発音を持つ漢字が用いられた筈である。このことを逆に言えば、その漢字の中国での発音を探れば日本語の発音が(少なくとも近似的には)分かる訳である。

結論を言うと、この借音表記で件のハ行音は「波」「比」「布」などほとんどが[p]音の漢字によって書かれている。ということは奈良時代のハ行音は[p]音だったということになる。やや断定的に過ぎると言うなら、[p]音に限りなく近い[Φ]音であったくらいには譲ってもいい。

しかしそれ以前には、ハ行[p]音時代が必ずあった筈である。それを理論的に裏付けるのが清濁対立である。現代においてハ行の濁音は[b]音、即ち「バビブベボ」である。然るにこの[b]音の清音は[p]音、即ち「パピプペポ」なのである(現代語ではやむを得ずこれを半濁音と呼んでいるが)。ということは過去のどこかの時点で清濁対立を乱す変化がハ行音にはあったことになる。言い換えれば、その変化以前の古い時代では美しい清濁対立があった筈であり、ハ行は[b]音の清音たる[p]音で発音されていたに違いないのである。

ここまで、ハ行が[p]音から[Φ]音になり、やがて現代の[h]音になる過程を説明してきたが、さらにいくつかの言語現象を傍証として加えたい。

まずは、地理的な現象としてアイヌ語と琉球語を取り上げたい。北方のアイヌ語においては[p]音と[b]音の清濁対立がきちんとある。また、南方の琉球語では本土から遠ざかるほど(逆に言えば大陸に近づくほど)[h]が[Φ]に、[Φ]が[p]になる傾向がある。一例を挙げるに止めるが、「日(ひ)」のことを奄美大島では[hi]、首里では[Φi]、八重山では[pi]と発音する。本土から離れれば離れるほど、原初の日本語の発音が残っているように見える。

また、乳幼児期における発話獲得にも興味深い現象がある。まだ話すことができない乳幼児は唇だけを使って言語前言語とでも言うべきものを発する。これは発話に必要な顔の筋肉(表情筋)が未発達なためである。因みに赤ん坊が寝ながら微笑したりするのはこの表情筋を鍛えるためであるというのが有力な説で、どうやら楽しい夢を見ているばかりではないらしい。

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