死刑を巡る軽率に過ぎる発言を繰り返していたことが判明し、事実上の更迭となった葉梨康弘法相。しかし岸田首相の決断はあまりに遅く、各所から批判の声が上がる事態となりました。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、葉梨氏の死刑に対する認識を強く批判するとともに、民主党政権下の千葉景子法相が死刑執行に立ち会った理由を紹介。さらに一度は葉梨氏の更迭をためらった岸田首相の危機対応能力に、大きな疑問符をつけています。
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「死刑のハンコ」大臣と「死刑立ち会い」大臣の大きな差
正直なのか馬鹿なのか、よくもまあアケスケに言ったものである。
「外務省と法務省は票とお金に縁がない。外務副大臣になっても、全然お金がもうからない。法務大臣になっても、お金は集まらない」
11月9日夜、外務副大臣・武井俊輔氏の政治資金パーティーでスピーチした法務大臣、葉梨康弘氏。あえて斟酌すれば、外務副大臣の武井氏も自分も、重要ポストに就いたが、産業界との繋がりが深い他省庁のトップと違って献金の恩恵を受けにくいのだと言い、それなのにわざわざ資金を提供するためにパーティーにやってきた奇特な参加者に、葉梨流の自虐的な言い回しで感謝の念を伝えたつもりであろう。
だが、これも裏を返せば、葉梨氏の政治の主眼がカネや票にあるという本音を語っているにすぎない。衆議院議員の娘と結婚し、地盤、看板、カバンをそっくり受け継いだ葉梨氏は、どうやらそのありがたい身分を保持することが、なにより大事なようである。
まさに、「政治はカネ」の染みついた由緒正しき自民党議員といえるのだが、こういう人物が法務大臣になり、「死刑」について語ると、いかに悲惨なことになるものかと感心したのが、同じパーティーにおける次の発言である。
「法務大臣というのは、朝、死刑のハンコを押して、昼のニュースのトップになるのはそういう時だけという地味な役職だ」
もちろん、話の入り口でウケをねらったつもりであろう。これまで都内での政治資金パーティーや地元の会合などで繰り返し同じ発言をしてきたらしいが、今回に限っては、参加者から笑い(苦笑?)をとるだけではすまなかった。問題視した記者が何人かいて、その日のうちに速報すると、瞬く間に「死刑のはんこ」発言として日本中に広がった。
葉梨氏は8月の内閣改造で法相に就任したばかりで、実際に大臣として「死刑のハンコ」を押した経験はない。つまり、まだ死刑執行を命じる最終判断者の逡巡を味わったことがないのだ。
にもかかわらず、「朝、死刑のハンコを押す」と軽い調子で言う。むろんそこに「ためらい」は感じられない。なんの変哲もない朝、死刑の執行命令起案書に事務的に判を押す大臣の、のっぺりした顔が浮かび上がるだけだ。
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