串カツ田中 坂本壽男社長が語る「財務畑の私が2代目社長になった意味」勘頼り脱却、第二第三の矢で売上高1千億円めざす

2022.11.24
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大阪の串カツ文化を日本中に広げた立役者といえば、「串カツ田中」。2008年の第1号店オープン以来14年で300店舗出店を達成した同社ですが、今年6月に発表された社長人事が業界内の注目を集めています。今回、創業社長の指名で後を継いだ「財務のプロ」である2代目社長・坂本壽男(としお)氏を直撃したのは、フードサービスジャーナリストの千葉哲幸さん。千葉さんは記事中で、串カツ田中を外食業界のリーディングカンパニーに成長させたいという新社長の売上目標と、その実現のために打とうと考えている具体的な手を紹介しています。

プロフィール千葉哲幸ちばてつゆき
フードサービスジャーナリスト。『月刊食堂』(柴田書店)、『飲食店経営』(商業界、当時)両方の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しい。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

あの「串カツ田中」が300店舗で後継にバトンタッチ。「財務のプロ」監査法人出身社長が新業態チャレンジへ

白いテントに筆文字の看板、赤と黄色の提灯が飾られた「串カツ田中」は街でよく見かける店となった。店舗数はこの11月末段階で首都圏を中心に300店舗強ということだから当然である。創業したのは大阪でバーを営んでいた貫啓二氏(1971年1月生まれ)。2004年東京に出て高級和食店を営業したが、リーマンショックの影響でそれを閉店することになった。「次の商売を」と考えを巡らせていた時に、ビジネスパートナーの田中洋江氏の父が残した串カツのレシピを発見。それを元に串カツ居酒屋を創った、というのが創業のストーリーである。

白地の筆文字、赤と黄色の提灯の看板は「串カツ田中」のトレードマーク

白地の筆文字、赤と黄色の提灯の看板は「串カツ田中」のトレードマーク

1号店は東急世田谷線の世田谷駅近くで2008年12月にオープン。以来東京の住宅街で展開し、2012年5月に初の都心ターミナル駅近く、渋谷桜ヶ丘店を出店して注目度を増した(再開発工事で閉店)。2016年9月東証マザーズ市場に上場、2019年6月東証一部上場と着実に企業基盤を固めていった。

最近はセットメニューをアピールして串カツを注文しやすくしている

最近はセットメニューをアピールして串カツを注文しやすくしている

その同社、串カツ田中ホールディングス(HD)では今年の6月にトップ人事を行った。代表取締役社長CEOに坂本壽男(としお)氏(1976年4月生まれ)が就任、創業者の貫氏は代表権のない取締役会長となった。業界をよく知る人にとってこの代表者の交代は「あっさり」といった印象をもたらしたようだ。

坂本氏は慶應義塾大学経済学部を卒業、化学メーカーに勤めていたが、公認会計士の資格を取って大手監査法人に入社。ここで飲食のチェーン企業を担当、またIPOを目指す企業の営業を担当したことから串カツ田中の貫社長(当時)との知己を得た。そして誘いを受けて2015年2月同社に入社した。

串カツ田中のCFOとなった坂本氏は、株式公開に向けて精力的に仕事に励んだ。貫社長の「上場するぞ!」の号令の下で全社員が一致団結して進んでいったという。

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