政府が容認し、実質的に独占企業といえる電力大手7社が6月から電気料金を値上げしました。メディアはただ値上げと節電法を伝えるだけで、糾弾するジャーナリストがいたとしてもその声はかき消されています。今回のメルマガ『佐高信の筆刀両断』では、明治時代に東京電燈に電灯料3割減を要求したジャーナリスト野依秀市を紹介。「ゆすりたかりの天才」「喧嘩ジャーナリスト」の異名を持つ野依のように、出刃包丁を送りつけては逮捕されてしまうので、佐高さんは政府に対し「“言葉の出刃包丁”を送りたい」と気持ちを吐露しています。
東京電燈に出刃包丁を送りつけた男
作家の林房雄に「ゆすりたかりの天才」と言われた“喧嘩ジャーナリスト”がいた。『実業之世界』という経済誌を主宰した野依秀市である。しかし、誰が野依を恐れたかである。野依は1910年5月1日号から9月15日号まで「東京電燈株式会社電灯料3割減論」を掲載し、それを『東電筆誅録』として刊行した。
残念ながら、いまデタラメな経営を続ける電力会社に対して電気料金値下げを打ち上げる雑誌はない。理不尽な値上げを黙認するばかりである。
野依は特権的独占にあぐらをかく東京電燈の経営者に我慢がならなかった。それで、その独占価格の弊害を徹底的に糾弾し、憤激のあまり、当時の社長、佐竹作太郎に出刃包丁を送りつけ、「白昼公然強盗」にも似た行為として検挙された。
しかし、「白昼公然強盗」にも似た値上げをしたのは東京電燈ではないのか。それは現在の電力会社も変わらない。悪質度は現在の方が上である。
地域独占で宣伝する必要がないのに原発の宣伝に莫大なカネを注ぎ込み、それを電気料金に上乗せする。アントニオ猪木を選挙の応援に呼ぶのに1億円も出した話は前に紹介したが、とんでもなく非常識なカネの使い方で、私は電気料金値上げを容認した政府に“言葉の出刃包丁”を送りたい気持ちである。
野依は他3件の恐喝と合わせて懲役2年6カ月の判決を受け、最終的に懲役2年で下獄した。しかし、入獄前に日比谷松本楼で送別会が開かれ、社会主義者の堺利彦らが激励の言葉を述べている。その東京電燈批判を含めて多くの支持があったのである。三宅雪嶺や幸田露伴は、野依の入獄中も『実業之世界』に寄稿し続けた。
この悪評の方が高かった野依について、京大教授の佐藤卓己が2012年に『天下無敵のメディア人間』(新潮選書)を書いた。それがなかなかにおもしろかったので私はそれを拙著『時代を撃つノンフィクション100』(岩波新書)に選び、著者に送った。すると『負け組のメディア史』(岩波現代文庫)と改題された野依伝が送られてきた。「あとがき」にこう書いてある。
この文庫化が正式に決まった直後、佐高信さんから『時代を撃つノンフィクション100』をいただいた。お会いしたこともないため、「なぜだろう」と恐る恐る、目次をめくった。すると本書の旧版『天下無敵のメディア人間─喧嘩ジャーナリスト・野依秀市』が選ばれていた。長らく品切れで続いていたこともあり、絶好のタイミングでこの文庫化にエールを送っていただいたことになる
野依は1885年に福沢諭吉と同じく大分県中津に生まれ、慶応義塾商学夜学校在学中に『三田商業界』を創刊。大分選出の代議士にもなり、『帝都日日新聞』も創刊した。戦後は主に反共右翼運動に奔走して1968年に亡くなっている。
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