米中貿易戦争が再燃し、常識を超える関税の応酬が世界経済を揺さぶっている。かつての世界恐慌を招いた1930年代の高関税政策と奇妙なほど符合する現在の動き――その裏に潜む「地経学」の戦略とは何か。米共和党の政策綱領を紐解きながら、トランプ再登場を見据えた米中対立の本質を読み解く。(『 勝又壽良の経済時評 勝又壽良の経済時評 』勝又壽良)
プロフィール:勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。
過去にも高関税が世界恐慌を招いたが…
米中貿易戦争が始まった。「売り言葉に買い言葉」という印象で、米中双方が関税引き上げ合戦を行っている。米国は、中国へ145%。中国は、米国へ125%と、常識を超えた関税引き上げである。これが、双方の経済へいかなる悪影響を及ぼすかは言うまでもない。歴史にその先例があるからだ。
米国は、1929年の株価暴落による大不況を回復させるべく、1930年に保護貿易主義を鮮明にした。ホーリー=スムート法と言われる「1930年関税法」である。米国の輸入関税はそれまで平均33%。それが一挙に40%へ引き上げられた。オランダ、ベルギー、フランス、スペイン、イギリスは直ちに報復的関税措置を実施した。これが、米国の不況を世界恐慌まで拡大させた理由である。
当時、高関税の口火を切った米国は、1932年の大統領選で有権者の意思が表明された。大統領選挙では、現職のフーヴァー大統領(共和党)が敗れたのだ。ローズヴェルト(民主党)が、高関税政策を厳しく批判して当選。この経緯は、現在のトランプ氏にも示唆を与える多くの点を含んでいる。
フーヴァーは、1928年の大統領選で「どの鍋にも鶏1羽を、どのガレージにも車2台を!」というスローガンを掲げて圧勝した。大統領就任演説では、「今日、われわれ米国人は、どの国の歴史にも見られなかったほど、貧困に対する最終的勝利の日に近づいている……」と語った。なんとも、トランプ氏の「MAGA」(米国を再び偉大な国に)を彷彿とさせる発言だ。歴史は繰り返している。
現在、トランプ関税へ報復した中国は、かつてのオランダなど欧州諸国の動きと瓜二つの動きをしている。欧州は、感情にはやって対抗し、自ら経済を深刻な事態へ追い込んだ。中国は、こうした歴史的経緯を知らないで、トランプ関税へ真っ正面から対抗し「意気揚々」としている。
この事態をどう見るべきか。中国は、トランプ関税に「地政学」(具体的には地経学)という罠が仕掛けられていることに気づくべきなのだ。米国自体も、国債暴落という思わぬ事態に巻き込まれた。喧嘩両成敗といった趣である。
共和党綱領が示す大枠
トランプ「2.0」の対中政策は、2024年共和党の政策綱領から読み取れる。
具体的には、「米中デカップリング(分断)」を目標にしている。これらを読むと、トランプ関税の目的と手段が明確に示されている。世界は、この共和党綱領の存在を軽視していた。それだけに現在、「不意打ち」にあったような驚愕ぶりを示している。共和党の準備は、周到にされていた。ただ、実施に当り余りにも拙速さが目立つ。一度に、すべての目標達成に着手したからだ。
<経済政策>
- 中国の「最恵国待遇」を撤回し、必需品の輸入を段階的に廃止する
- 「米国ファースト」の一環として、米国企業の中国からの撤退を念頭に、重要なサプライチェーンを国内に戻す
- 雇用創出と賃金向上を図りつつ、国家安全保障を強化する。特に、防衛関連産業の復活を優先事項とし、米国の安全保障に必要な装備や部品は国内で製造させる
- ベースライン関税として、全世界からの輸入に一律の関税を課す。また、「トランプ互恵通商法」制定により、米国へ輸出する国が課している関税率と同じ関税率を米国輸入時に適用する
<外交政策>
- 中国の影響力拡大に対抗するために、インド太平洋地域での同盟関係を強化する
- 米国の経済的、軍事的、外交的能力を強化し、米国の価値観とライフスタイルを守る
- これら政策は、米国の経済的・軍事的優位性を維持し、中国の影響力を封じ込めることを目的とする
米国が、ここまで中国の存在を強く意識し危機感を持っているのは過去、中国に対して「融和姿勢」を基本としてきた反動からだ。米国は、積極的に中国をWTO(世界貿易機関)へ加盟させた。ところが、中国は米国の裏をかいて自由貿易の「穴」を利用して、ダンピング輸出の「常習犯」的な存在になった。それだけでなく、米国技術を窃取することなど発覚し、中国への警戒感が急速に高まった。
中国は、米国覇権打倒の構えすらみせたので、米国の中国対決姿勢が決定的になった。かつて、米国で赤狩りと言われた「マッカーシー旋風」(1950~54年)の再来を思わせるものだ。