レアアース覇権を握る中国が揺らぎ始めている。世界生産の9割という圧倒的シェアを背景に築いてきた「資源帝国」は、日本の化学的精錬技術と米国主導の新たな供給網構築によって、根底から覆されようとしているのだ。フィリピンを起点に動き出した新秩序は、単なる産業構造の変化ではない。技術・制度・環境基準を軸とした「国際標準」の主導権争いであり、中国のレアアース外交を無力化し、日本が主役へと浮上する歴史的転換点である。(『 勝又壽良の経済時評 勝又壽良の経済時評 』勝又壽良)
プロフィール:勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。
揺らぐ中国のレアアース覇権
中国は、余りにも浅慮であった。レアアース(希土類)の世界生産の9割を抑えていることで、この状況が永遠に続くものと過信してきた。「中華レアアース帝国」は不滅と思い込んできたのだ。この過信は、日本の化学的精錬法によって一挙に覆されることになった。文字通り、劇的な局面転換である。
米国は4月16日、フィリピンとルソン島に米国の製造拠点を構築する件で署名した。『ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)』(4月18日付)が報じた。これにより、米国企業は中国政府の統制を回避しつつ、重要鉱物(レアアース)などの不可欠な原材料へのアクセスを確保できる道が開かれる。レアアースなどの精錬技術は、日本の化学的精錬法が導入とみられる。それ以外の有力技術が、存在しないからだ。
WSJによると、ヘルバーグ国務次官(経済成長・エネルギー・環境担当)は、人工知能(AI)を活用したこの製造拠点は、フィリピン当局から米国に提供された約1,600ヘクタールの敷地に建設される予定だ。米国は、同敷地を無償で利用し、経済特区として管理する。2年間のリース契約は、99年間の更新が可能。米国の意気込みを示している
ヘルバーグ氏によれば、フィリピンにはニッケル、銅、クロム、コバルトの資源があり、これらは現地で操業する米国企業が使用するほか、米国へも輸出される予定だ。具体的には、今年8月稼働予定の「重要鉱物特恵市場」へ出され、加盟国へも供給する。ヘルバーグ氏はまた、拠点内の操業を承認された工場は高度に自動化され、自律型システムにより24時間態勢で稼働する、と説明した。
上記の「自律型システムにより24時間態勢で稼働する」は、日本の化学的精錬法によるAI(人工知能)利用を意味している。南鳥島レアアースの精錬過程でも、この自動化が採用される。日本メディアは、南鳥島レアアースの総コストを中国の20倍と報じている。だが、フィリピンの例からも分かるように、全くの検証不足の報道であることを浮き彫りにしている。
日本の技術が世界変革
米国が今回、フィリピンで行う事業は、今年3月に発表した「パックス・シリカ基金」によるものだ。半導体サプライチェーンを支える重要鉱物の採掘・加工、重要インフラ、および製造設備向けを支援すべく、資金として2億5,000万ドルの拠出で事業を誘導する。国務省は発表の中で、「同基金は、国内外から信頼できる資本を呼び込みサプライチェーン強靭化に向けた投資を拡大する一助になる」としている。
「パックス・シリカ宣言」には、米国のほか、日本、英国、豪州、ギリシャ、インド、イスラエル、カタール、韓国、シンガポール、スウェーデン、アラブ首長国連邦(UAE)の11カ国が署名した。
日本の役割は、技術供給国である。日本の化学的精錬法が、パックス・シリカの採用によって、そのまま「国際標準化」に向かうという道筋ができた。米国の舞台装置づくりによって、日本技術が「主役」の座を得たのだ。これは、単なる技術選択の問題ではなく、国際政治的な意味を持つ大きな動きである。これによって、中国の「レアアース外交」は力を失い、日本がその座に座るという意味でもある。
日本技術の強みが、そのまま世界標準になりうる可能性を持っている背景は次の点にある。日本は、湿式精錬の微細工程で世界トップにある。環境への親和性において抜群の存在だ。こうして、欧米は環境規制の点からも、中国の乾式精錬法を使えないのである。この構図によって、欧米が日本の化学的精錬法を採用し、これをテコに世界標準化という流れになるであろう。
日本技術の国際標準化が、中国技術を退けることで「地殻的変動」をもたらすことが確実になった。日本技術が、途上国・先進国双方へ貢献する「世界的効果」を持つので、文字通り地殻的変動が引き起されことになるであろう。
日本の湿式精錬が、「国際標準」になるための条件を整理しておきたい。結論から言うと、技術力だけでは国際標準化にならないことだ。必要なのは、「技術×供給網×政治・制度 ×国際連携」の4点セットが不可欠である。これまで、日本技術が世界最高の折り紙を付けられながら、国際標準になれなかった例はいくつかある。通信やテレビである。技術での仲間づくりに失敗したからだ。具体的には、米国を味方につけられなかった点にある。それは、技術さえ優秀であれば、他国が自然に「付いてくる」という日本の傲慢さにあった。
今回の化学的精錬法は、米国が法律をつくって日本技術を迎え入れたことだ。これは、過去の日米関係になかったことである。日米関係の成熟化が進んで、米国が自らの弱点を日本技術に補って貰うという「相互依存関係」ができあがってきた証拠である。こういう例は、化学的精錬法だけではない。NTTが、開発した次世代通信網「6G」の「IWON:アイオン」でも、米国は積極的に国際標準化への旗振り役を務めている。次世代半導体2ナノでも、米IBMが技術提供してラピダスが製品化する時代だ。
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