<急騰要因その3:新経営体制とAIデータセンター向けSSD戦略>
3つ目の要因は、AIデータセンター向けに軸足を置いた事業戦略と、それを推進する経営体制です。
キオクシアは主力の「SSD&ストレージ」部門で、AI推論サーバー向けの旺盛な需要を取り込み、同部門の売上を大きく伸ばしました。汎用品ではなく、データセンターが求める高耐久・大容量の製品に注力する戦略が、価格と数量の両面で業績拡大に寄与しています。
太田裕雄社長は決算発表の場で「AI需要の大きな潮流に乗り、業績は記録的な増収増益となった」と述べ、AIを社会基盤と位置づけてフラッシュメモリー市場の力強さが続くとの見方を示しています。次世代の超低消費電力半導体の開発にも言及しており、目先の市況だけでなく中長期の競争力強化を見据えた経営姿勢が、市場の先高観を支えているといえます。
キオクシアのバリュエーション再考|「メモリ株=低PER」の常識は崩れるかが鍵
<強気シナリオの核心は「収益拡大」と「マルチプル見直し」の二段ロケット>
キオクシアホールディングス(285A)の株価をめぐる議論は、足元で大きく性格を変えつつあります。2026年初頭に1万円程度だった株価は、5月には4万5,000円台の高値圏へと駆け上がりました。2026年3月期決算では純利益が5,544億円、EPSは1,024円に達し、同社初の売上収益2兆円突破も視野に入っています。
この急騰を「AIへの過剰期待」と一蹴する見方も根強くあります。実際、予想PERは20倍を超える水準まで上昇しており、決算発表前後の比較では約1か月で47%上昇するなど、過熱感を指摘する声は少なくありません。
しかし、強気シナリオを組み立てるうえで見落とされがちなのが、株価上昇の駆動要因が「EPSの拡大」だけではないという点です。本稿では、もう一つの軸―すなわちメモリー株に長年付与されてきた「低PER(ディスカウント)」が見直される可能性に焦点を当てて整理します。
<なぜメモリー株は構造的に「低PER」だったのか>
まず前提として、メモリー半導体は典型的な市況産業(コモディティ産業)です。DRAMやNANDといった汎用品は、供給過剰になれば価格が急落し、需給逼迫すれば高騰するという「シリコンサイクル」を繰り返してきました。
この収益のボラティリティこそが、低PERの根本原因です。利益がサイクルを通じて激しく上下するため、PER(株価収益率)はサイクルのピーク付近では非常に割安に見え、ボトム付近では非常に割高に見えるという性質があります。こうした理由から、多くの投資家はメモリー銘柄の評価にPBR(株価純資産倍率)を用いてきました。
つまり「ピークの利益で計算したPERが低いのは当たり前」であり、市場はその利益が持続しないことを織り込んで、あえて低い倍率しか付けてこなかったわけです。これがメモリー株に付随する「サイクル・ディスカウント」の正体です。
その水準感は、ロジック半導体との対比で鮮明になります。TSMCの12カ月先行予想PERが約20倍であるのに対し、サムスンとSKハイニックスは6倍程度にとどまっています。野村はこの2社のバリュエーション論理が徐々にTSMCに収束していくと予想しています。同じ半導体でありながら、市況産業というレッテルが3倍以上のマルチプル格差を生んできたのです。
<強気シナリオ|ディスカウント縮小の3つの論拠>
ここからが本稿の主題です。強気シナリオが成立するためには、「ピーク利益が続く」だけでは不十分で、「市場がメモリー株に付与するPER倍率そのものを引き上げる」必要があります。その論拠は大きく3つあります。
第一に、需給構造の変質です。AIサーバー向けの高付加価値品は、従来の汎用メモリーとは需要の質が異なります。AIサーバーやHBM、大容量エンタープライズ向けSSDなどの高度にカスタマイズされた製品への需要に後押しされ、サプライヤーは出荷モデルを従来の「見込み生産」から、半導体受託製造(ファウンドリ)に近い「受注生産」モデルへと移行させています。受注生産モデルへの移行は、メモリーメーカーが抱えてきた在庫リスクと価格決定権の弱さを構造的に緩和します。