近年ヘッジファンドの運用において人工知能(以下、AI)を活用したヘッジファンドへの投資が拡大している印象を受ける。米国ではAI運用に舵を切るヘッジファンドが多く、金融情報会社ブルームバーグでも大手ヘッジファンドがAIに着目している記事が紹介されている。(引用)
記事の内容としては、世界最古の歴史を持ち最大級の英国ヘッジファンドであるマングループがAI運用を行っていることが中心に書かれており、AI運用に対して投資家からのニーズが高いことが述べられている。
マングループの特徴としては、有望な投資アイデアがある場合、テスト段階から運用実行まで数週間の期間で投資を行っている模様だ。同社は運用資産残高が$960億(約\10兆7,500億)あり、AIファンド4本を運用に組み入れた運用資産額は$123億まで到達し、2014年初以降77%の流入額となっている。AHLディメンションファンドアセットは、2014年初以降5倍以上の流入額となっているようだ。大口投資家は、アルゴリズムを駆使したファンドに投資を増加させている。
コンピューターを駆使したクオンツ・ファンドはAIへの投資を増加させており、ヘッジファンド業界で去年唯一成長した分野でもある。マングループ以外にもAIヘッジファンドとして、ルネッサンステクノロジー、ツーシグマ、ブリッジウォーター・アソシエイツ、そして著名投資家ポール・チューダー・ジョーンズもテクノロジーを駆使した運用を行っていると言及している。またファミリー・オフィスのポイント72アセット・マネジメントが業界専門家等を雇い始めているとも述べられている。
AIに関する主なAIファンドの概要は以下の通りである。
(1) ルネッサンステクノロジー(米国)
【創 業 者】
ジェイムス・シモンズ氏
【運用資産】
約$500億ドル
【概 要】
クオンツ・ファンドの先駆的な存在であり、1980年代以降数理的なアプローチによって成功してきたファンド。創業者は数学者ジェームズ・シモンズ氏で人間の感情、バイアスを排除し、機械的な運用を創業以来貫いた点が特徴。現在トップクラスのAI研究者を集めている模様。直近のパフォーマンスは、2017年2桁台のプラスリターンを上げている。ルネッサンス・インスティチューショナル・エクイティーズ・ファンドは2017年8月がプラス1.7%、年初来ではプラス11%。
(引用:Bloomberg、商品説明書)
(2) ブリッジウォーター・アソシエイツ(米国)
【創 業 者】
レイ・ダリオ氏
【運用資産】
約$1,700億ドル
【概 要】
世界最大のヘッジファンド運用会社。運用金額で世界一番であり、同社は既にAIによる投資を開始済である。2015年2月末IBM社のシステムWatsonの開発プロジェクトを率いていたDavid Ferrucci氏を筆頭にAI チーム発足。(引用:Jetro米国のフィンテックにおける人工知能の活用)
(3) ツーシグマ(米国)
【創 業 者】
ジョーン・オーバーデック、デビッド・シーゲル氏
【運用資産】
約$470億ドル
【概 要】
AIを駆使して急成長を続けるヘッジファンド。ビッグデータを集め機械学習で分析するクオンツ投資の代表格。最先端のAI技術を全面的に採用。
ツーシグマ:コンパスファンドのリターン(期間2011年~2016年)
(引用:Bloomberg)
・2014年コンパスのパフォーマンスは25.6%。
・2011年~2016年は負けなし。
(4) DE・ショー(米国)
【創 業 者】
デビッド・ショー氏
【運用資産】
約$270億ドル
【概 要】
平均して高いパフォーマンスを上げ続ける。手法は公開されていないが高度な定量分析を組み合わせて複数の国の株式や金融商品を売買している模様
(5) センティエント(米国)
【創 業 者】
アントワーヌ・ブロンドー氏、ババク・ホジャット氏
【運用資産】
約$1億4,300万ドル(資金調達済)
【概 要】
米国ベンチャー企業の同社は、数十万台のコンピューターを使用し、AIソフトウェアを稼働させる技術を開発。過去10年近くの膨大なデータを調査してトレンドを見つけ出し、株取引に適応しリターンを挙げられるAIシステムを開発。(引用:Bloomberg)
(6) アイデア(香港)
【創 業 者】
ベン・ゲーツェル 氏
【運用資産】
非公開
【概 要】
著名な人工知能学者ベン・ゲーツェル氏がチーフ・サイエンティストを務める香港拠点のヘッジファンド。2016年1月同社は、全株式取引を人間の介入なく人工知能によって運用を行うヘッジファンドを開始。(引用:weird)
(7) ターフェット・キャピタル・マネジメント(米国)
【創 業 者】
デズモンド・ラン氏
【運用資産】
約$1,800万ドル
【概 要】
AI技術と伝統的な生物学(生体細胞の研究等)を組み合わせて先物取引に活用し、指数先物及び商品に関する数万件の価格解析を行っている。先物・オプションを投資対象としたマネージド・フューチャーズファンド。ファンドマネージャーのラン氏は、米MITの博士号を持ち10年以上の歳月かけてAIトレーディング戦略を構築。同氏は15年間MIT、ハーバード大等でAI及び生物学の組み合わせの研究を行った専門家。ラン氏が開発した運用システムは、生物学を利用して複雑で定期的に発生する価格パターンを認識し24時間後の価格変動の予想を行う。(引用:Bloomberg、商品説明書)
(8) ヌメライ(米国)
【創 業 者】
リチャード・クレイブ氏
【運用資産】
非公開
【概 要】
ブロックチェーンと人工知能の技術を使って、クラウドソーシングで金融取引の利益を追求する新興ヘッジファンド。同社はアルゴリズムをクラウドソーシングで作ろうとしている。何千もの匿名の研究者に仮想通貨ビットコインで報酬を払い機械学習モデルを構築。(引用:weird、商品説明書)
下表はAIによる運用成績のグラフである。AIの運用実績は、AIヘッジファンド指数が「青」、ヘッジファンド総合指数が「赤」、S&P500株価指数「オレンジ」で表されているが、AIヘッジファンドは2015年を除きS&P500のリターンを下回っていることが判る。一部の新興AIファンドの運用成績を確認してみると、以前はマイナス運用であったが徐々にパフォーマンスが改善しプラスに転じてきている。
「人工知能のパフォーマンス」(2013年~2017年5月末時点)
(出所:Bloomberg)
前述したAIを活用する米ヘッジファンド数の多さからも分かるように、米国ヘッジファンド業界におけるAIの運用状況は他国より進んでいる。
最新のAIは、従来クオンツモデルでは対応不可能であった市場変化に対応できる点と、機械学習の発展に伴い過去の誤りを繰り返さないようにロジック選択を判断し運用に活用する点が投資家の期待を高めていると考えられる。また投資家は、平時有事関わらず如何なる市場環境であっても最適な売買取引を行い、常にプラスの良好なパフォーマンスを維持する事をAIに期待しているのだろう。
現在AIヘッジファンドのパフォーマンスをみると全てがプラスの運用成績ではないが、時間の経過に伴い機械学習の向上によってパフォーマンスは改善されると考えられる。新興ヘッジファンドヌメライの例を挙げると、ヘッジファンドの運用プログラムをアウトソースし匿名の研究者にビットコインで報酬を支払い、機械学習モデルを構築させるという仕組みは業界として斬新であり、今後AIと仮想通貨を利用した活用方法が増加していく可能性もあり得る。
ヘッジファンド業界におけるAIの期待度は大きく、市場においてAI同士の競争の場となる場合も想定される。AIの飛躍的進歩によりヘッジファンドの既成概念や運用の仕組みが変化しつつある。