なぜ自民党と争わない?『枝野ビジョン』外交・安全保障の危険性

 

「常時駐留なき安保」論という変化球

96年の旧々民主党は「東アジア共同体の形成」と「常時駐留なき安保」を基本政策の筆頭に掲げた。これは、自民党の対米従属ベッタリではなく、そうかと言って旧革新勢力のように「日米安保廃棄、基地全面返還」を遠吠えしているだけとも違う、一癖も二癖もある変化球だった。東アジア共同体とその下での地域的安全保障対話のシステムが機能し始めるに連れて、冷戦時代の遺物である日米安保の意味は薄れ、在日米軍基地の必要性も減じていく。いずれ安保は日米平和友好条約のようなものに置き換えられるであろうけれども、まだ安保がある中でも不要な基地はどんどん交渉して返して貰おうという、言わば動態的=ダイナミックな発想に裏付けられていた。

そのあたりのニュアンスは、鳩山由紀夫が同党結成直後の『文芸春秋』1996年11月号に書いた「私の政権構想」の中で上手く表現されているので、その部分を再録する(なお、高野著『沖縄に海兵隊はいらない!』=にんげん出版、12年刊=に、より詳しい解説がある)。

《鳩山由紀夫の「常時駐留なき安保」論》

(1)来春の米軍用地特別立法への対処

我々は沖縄の米軍基地問題を含めて、外交・安全保障政策についても、未来からの発想を採用すべきだという議論を、夏前から始めていた。その頃自民党サイドでは、来年5月に更改期限を迎える米軍用地の地主が、いわゆる反戦地主を含めて3,000人もいるということを思うと、これは国が直接に土地を強制収用できるようにする特別立法を行う以外に手がないという議論が出ていた。来年に差し迫った問題から入っていくと、そういう貧しい発想しか出てこない。ここで再び国が沖縄で強権を発動すれば、流血の事態にもなりかねず、沖縄の人々の本土不信は取り返しのつかないほど深まるに違いない。

そうではなくて、沖縄県が打ち出している「2015年までにすべての米軍基地の返還を実現する」という基地返還アクション・プログラムと、その跡地利用を中心として沖縄を再び東アジアの交易・交通拠点として蘇らせようという国際都市形成構想とを、十分に実現可能な沖縄の将来像としてイメージするところから考え始める。そうすると、沖縄の米軍基地が返ってくる(ということは、その3分の1しかない日本本土の基地も当然返ってくる)ことを可能にするようなアジアの紛争防止・信頼醸成の多国間安保対話のシステムをどう作り上げていくか、また本質的に冷戦の遺物である日米安保条約を21世紀のより対等で生き生きとした日米関係にふさわしいものにどう発展させていくか、といったことが、外交・安保政策の長期的な中心課題として浮上する。

(2)基地のない沖縄を実現する

そのような方向を設定した上で、現実にはまだ朝鮮半島に危機が潜在していまの段階で、日米安保協力の強化という課題にどう対処するかを判断しなければならないし、あるいは又、現行の日米安保の下でも少しでも沖縄はじめ米軍基地の被害をどう食い止めるのかの具体策を打ち出さなければならない。

こうして、20年後には基地のない沖縄、その前にせめて米軍の常時駐留のない沖縄を実現していきたいという彼らの夢を、私たち本土の人間もまた共有して、そこから現在の問題への対処を考えていくというように発想すれば、来年の困難な問題にも自ずと解決の道が開けてくるのではないか。

橋本総理、梶山官房長官もさすがに特別立法で県民を抑えつけることの愚に気づいて、フリーゾーンの設定をはじめ沖縄の経済自立への構想を積極的に支援する方向を打ち出し、それで大田昌秀知事の態度軟化を引き出すことに成功した。それは結構なことではあるけれども、自民党や外務省は、しょせんは日米安保は永遠なりとでもいうような守旧的な認識を変えようとせず、その延長上で基地のあり方を部分的に改善することしか考えつかない。県民に「基地との共存」を強要した上で、金で済むことならいくらでも出しましょうということでは、沖縄の人々の夢は決して現実のものとはならない。

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