「中国越境EC」がAmazon(以下・アマゾン)に影響を与え始めています。もちろん、アマゾンはECの巨人であり、アマゾンが倒されるなどということは当分の間は起こりそうもありません。しかし、アマゾンの成長が止まるという事態が起き始めています。
アマゾンの成長が止まった理由はさまざまな要因が複合しています。コロナ禍で大きく伸びたことによる反動や、アマゾン自体の成長サイクルが持つ自然な成熟などもありますが、中国越境ECによる影響も否定ができません。
アマゾンはすでに対応策を取っています。マーケットプレイスの低価格帯商品の手数料率の引き下げを行いました。さらに、セミナーやイベントを通じて、積極的に中国の出品業者の取り込みを図っています。
一方、中国越境ECでもマーケットプレイスのような仕組みを導入し、優れた出品業者がアマゾンに流れることを防ぎ、同時にスマートフォンのブランドの「小米(シャオミ)」や家電メーカーの「美的」などのブランドの商品を扱おうとしています。
世界のECの勢力図で、アマゾンが一強で、それに各国の地元系ECが対抗するという構図は変わらないと思いますが、低価格帯商品の領域では、「中国越境ECvsアマゾン」の競争が静かに始まっています。今回は、中国越境ECにより、アマゾンがどのような影響を受けて、それぞれがどのような戦略を取ろうとしているのかをご紹介します。(『 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 』牧野武文)
※本記事は有料メルマガ『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』2024年8月19日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:牧野武文(まきの たけふみ)
ITジャーナリスト、フリーライター。著書に『Googleの正体』(マイコミ新書)、『論語なう』(マイナビ新書)、『任天堂ノスタルジー横井軍平とその時代』(角川新書)など。中国のIT事情を解説するブログ「中華IT最新事情」の発行人を務める。
Temu、SHEINなどの低価格攻勢とアマゾンの攻防
アマゾンと言えば、説明不要の国際的ECの巨人です。オフラインに強いウォルマートとともに、その牙城は誰にも崩すことができないほど巨大になっています。しかし、「アマゾンを倒す」とまで言うと明らかに言葉がすぎますが、中国の越境ECが急速に伸びてきて、アマゾンの低価格帯部分に打撃を与え始めています。
もちろん、アマゾンはすでに対策を取っていて、この低価格帯商品での競争が激しくなっています。国際的ECの低価格帯商品の領域では、大きな地殻変動が起きようとしています。中国越境ECとは、次の4つです。
- SHEIN(シーイン):女性向けアパレル製品を中心にしたファストファッション越境ECです。
- Temu(テム):ピンドードーの越境ECです。日用雑貨を中心に驚きの低価格で販売をしています。
- AliExpress(アリエクスプレス):アリババの淘宝網(タオバオ)の越境ECです。日本では電子機器系のファンの間でよく知られています。
- TikTok Shop(ティックトックショップ):TikTok内でのライブコマース、ショートムービーを活用したECです。日本ではまだサービスが提供されていません。
日本では、TikTok Shop以外の越境ECが利用できます。また、タオバオでも日本円決済、日本発送に対応した商品が増えており、事実上の越境ECとして利用することが可能です。ただし、すべて中国語対応となるため、中国語がある程度わかることが条件のひとつ。利用できるのであれば、アリエクスプレスよりも扱い商品ははるかに多く、価格ももう一段安くなります。
各越境ECについては、以前メルマガでも過去何回も取り上げていますので、そちらも参考ください。
・EC全体を俯瞰し整理した記事
vol.110:二軸マトリクスで整理をするECの進化。小売業のポジション取りの考え方
・SHEINについての記事
vol.153:SHEINは、なぜ中国市場ではなく、米国市場で成功したのか。持続的イノベーションのお手本にすべき企業
・TikTok Shopについての記事
vol.200:インドネシアでTikTok Shoppingが禁止。浮かび上がった国内産業vs中国のせめぎ合い」「vol.218:東南アジアで広まるライブコマース。TikTok Shoppingの東南アジアでの現在
・Temuについての記事
vol.211:劣悪品を排除し、低価格を実現する仕組み。Temuの革新的なビジネスモデルとは
なお、訂正があります。これまでTemuの読み方を「ティームー」と表記をしてきました。これは、日本のTemuの公式サイトが「ティームー」という表記を使っていたことに基づいています。また、英語圏では「ティームー」という読み方が一般的で、中国では「ティームー」「テム」両方の呼び方が混在をしています。
ところが、Temuの日本向けビデオ広告を見ると、演者が「テム」と呼んでいました。そこで、Temuの顧客センターに尋ねてみたところ「両方の呼び方があって、どちらでもかまわない」という回答で、しかも公式サイトから「ティームー」の表記がなくなっていました。
日本向けのTemuの広告内では、演者は「テム」という発音で統一をしているようですので、今後、読み方の表記を「テム」で統一することにいたします。
なぜ中国越境ECはネガティブな報道が続くのか
現在、SHEINやTemuに対するネガティブなSNSの投稿やニュースが続いています。私自身はTemuを普段から使っていて、問題を感じることはまったくなく、みなさんにもお勧めするようなことを何度も言ってきました。そこに、このようなネガティブな報道が続くと、ご不安になられる方もいるかと思いますので、それぞれについて、簡単に解説しておきたいと思います。
ネガティブな報道とは次のようなものです。
1.Temuでクレジットカードを登録したら不正利用された。Temuがカード情報を不正に流出させているのではないか
※参考:《どう避ける?》海外の格安通販サイトのリスク「返品・返金に応じてもらえない」「商品の安全性に問題」 – 女性セブンプラス(2024年7月1日配信)
2.ソウル市の調査によると、SHEINやTemuの商品から基準値を超える発癌物質などが検出された
※参考:中国SHEINの女性用下着から膀胱炎リスク高める発がん性物質検出 ソウル市調査 – 朝鮮日報(2024年7月19日配信)
3.Temuの本部に出品業者が大挙して抗議に
※参考:中国のTemu出品者数百人、PDDに抗議-販売後のペナルティーに不満 – Bloomberg(2024年7月30日配信)
(1)については、「vol.234:Temuはなぜ常識を超えて安いのか。創業者の「資本主義の逆回転」と安さの本質」でもご説明しました。
繰り返しになるので簡単に説明しますが、現在、ECなどの加盟店がクレジットカード決済を行うには、国際的なカードセキュリティ基準「PCI DSS」に準拠することが必須になっています。このセキュリティ基準のポイントは「加盟店はカード番号を知ることができない」というものです。
カード番号を知ることができないのですから、TemuあるいはTemu内部の悪意のある従業員も流出のさせようがありません。もし、このセキュリティ基準にバックドアのようなもの設置していた場合は重大な違反となりますので、加盟店契約を解除され、カード決済は扱えなくなります。
Temuがサイバー攻撃を受けて、悪意のある第三者によりカード番号が抜き取られているのだとすると、カード会社の検知によりTemuから流出していることが判明した途端に、カード会社はまず、状況に応じてカード新規登録の停止や決済の停止の措置をとります。それから調査を始めます。
そのどちらも起きていないのですから、Temuからカード情報が流出していると考えるのは無理があります。おそらくは、まったく別のところでフィッシングサイトに騙されて、自分でカード情報を犯行集団に渡してしまい、Temuが怪しいと思い込んでいるのではないかと思います。
この問題を報じているメディア記事でも、みな「不正請求される?」など断言をしない形で報じていて、多くが「Temuに限らず、どのサービスでも不正利用のリスクは常につきまといます」としています。もし、「Temuがカード情報を流出させていることを確認した」と断言している記事がありましたら、詳しく読みたいので教えていただけると助かります。
これは、VISAやMastercardなどの国際カード会社が策定をしたセキュリティ基準「PCI DSS」に大きな穴があったという話になるので、決済業界が上へ下への大騒ぎになる重大ニュースになります。