業績悪化の主要因:中国市場の激変と米国事業の失敗
コロナ禍が明け、事態は一変しました。これまでの成功を支えてきた柱が、次々と崩壊したのです。
<中国市場の構造変化>
- 景気減速
- 競争激化
- eコマース戦略の遅れ
- ブランドポジショニングの失敗
- トラベルリテール規制
中国経済全体の伸び悩みにより、高価な商品に手が届きにくくなる層が増加しました。
日本製品への憧れが薄れ、地元の中国企業(自国ブランド)や韓国コスメが台頭し、競争が激化しました。
中国で盛んなインフルエンサーによる商品紹介など、eコマースを活用した販売で資生堂は十分な強みを発揮できず、シェアを失いました。
富裕層はディオールやシャネルといった欧米のハイブランドを選好し、資生堂は最富裕層にまでは手が届かず、一般庶民にとっては「ちょっとした高級品」という中途半端な立ち位置にとどまりました。
以前はお土産としての大量購入が盛んでしたが、関税規制の強化などにより、この免税店経由の販売も厳しくなりました。
資生堂が全力を注いだ中国市場が右肩下がりの状況に陥ってしまったことが、苦境の最大の原因です。
<米国事業での巨額損失>
高級ブランドの強化策として、2019年に買収した米国ブランド「ドランクエレファント」の事業がうまくいきませんでした。
今回の520億円の最終損失のうち、かなりの部分をこの米国事業の損失が占めていると見られています。
失敗の本質:顧客視点の欠如とブランド価値の希薄化
現在の資生堂の最大の課題は、一時的な市場環境の悪化ではなく、経営層が「顧客」と「会社の強み」を見失っている点にあります。
<エントリー商品の売却による顧客接点の喪失>
日用品パーソナルケア事業の売却は、単なる低利益事業の切り離し以上の影響を及ぼしました。
- エントランスの喪失
- カスタマージャーニーの破壊
- 愛着の欠如
- 中途半端なポジショニング
資生堂のシャンプーなどの日用品は、多くの人にとって資生堂ブランドへの「入り口(エントリー商品)」でした。
昔から親しみのあるシャンプーを使っていた人々が、大人になって自然な流れで「デパコス(デパートコスメ)」として資生堂の化粧品を選ぶという自然な顧客の動き(カスタマージャーニー)が破壊されました。
今後、若い世代が資生堂に対して愛着を持つきっかけを失い、ブランドの土台が揺らぎかねません。
結果として、資生堂は最高級ブランドでも、手の届きやすいエントリーブランドでもない、非常に中途半端な立ち位置に陥ってしまいました。
<人との繋がりが失われた付加価値>
化粧品の原価は、ほとんど水であり、それ自体はあまりかかりません。化粧品の価値のコアは、「いかに素晴らしいものか」という付加価値を顧客に提供することにあります。
資生堂の歴史的な強みは、百貨店などにいる美容部員(ビューティコンサルタント)の丁寧な接客と使い方指導でした。日本だけでなく、中国でも百貨店で丁寧に接客することで地位を築いてきました。この「人との繋がり」が、資生堂の持つブランドの価値そのものでした。
しかし、現在の経営陣は、コスト削減の一環としてこのビューティコンサルタントを削減する方向で動いています。直近の決算資料でも、日本事業のコア利益増加の大部分が人件費の削減によるもので、売上自体はほとんど伸びていません。
資生堂が、価格競争が激しいプチプラブランドと同じ土俵で戦うことはできません。本来、コストをかけてでも、長年価値を感じてきた顧客に対し、ビューティコンサルタントを通じて価値を伝え続けることこそが、今求められている戦略であると考えます。
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