このように検察審査会の議決で、「権限に基づく影響力の行使」についての判断が示されているのは、検察官の不起訴の理由が、「権限に基づく影響力の行使」があったとは認められないとの理由で、犯罪を立証できる証拠が十分ではないというものだったことを受けてのものと考えられる。
検察官は、「影響力の行使」を、何らかの明示的なものが必要という前提で、それが認められないとしたのに対して、議決では、
当該議員の立場や地位,口利きや働きかけの態様や背景その他の個別具体的事案における事情
などを総合的に考慮すれば、明示的なものでなくても「行使」が認められるとしたのである。
この議決には、補助弁護士が関与しており、議決書には、その氏名も記載されている。調べてみたところ、裁判官出身の中堅弁護士であり、この議決は、単なる「素人の法解釈」ではなく、しっかりした法律家による検討が行われた上での検察審査員の多数の意見に基づくものだったと考えられる。
それだけに、議決書で示された判断には説得力があり、検察官は、その「不起訴不当」の判断を尊重して、再捜査を行い、再度の刑事処分を下すべきだった。
しかし、結局、検察官は、再捜査の上、再度不起訴処分を行い、刑事事件は決着することになった。
この検察の再捜査が、検察審査会の「不起訴不当」の議決の趣旨を踏まえて行われたものなのかどうかを確認する手立てはない。議決書で示された「権限に基づく影響力の行使」についての判断基準と、検察官が当初の不起訴処分の前提とした判断基準との間には相違がある。検察官が、議決書の見解を受け入れず、当初の判断基準のまま、同様の理由で不起訴にしたとしても、その不起訴処分に対して、再度検察審査会の審査が行われる余地がない。それは、現行の検察審査会法の制度の限界とも言える。
検察審査会の議決に法的拘束力があるのは、「起訴相当議決」が行われ、検察官が再度不起訴にし、それを受けて「起訴議決」が行われた場合だけである。この場合、「起訴相当議決」「起訴議決」は、いずれも審査員の3分の2以上の賛成が必要となる。
一方、「不起訴不当議決」には、法的拘束力がないが、「起訴相当」ではなく、「不起訴不当」にとどまった理由には、<1>議決に賛成した審査員の数の問題と、<2>捜査の実行の程度、つまり、収集されていた証拠の問題の2つが考えられる。
前者<1>であれば、検察官の不起訴が不当との意見の審査員の数が法的拘束力を持つ議決を行える数に達しなかったということなので、再捜査を行った上で起訴するかどうか、検察官の判断に委ねられるというのも致し方ないと言える。
しかし、後者<2>には、「不起訴不当」が3分の2以上の審査員の賛成で議決される場合も考えられる。それは、検察官が捜査を尽くしておらず、そのままでは起訴することができないと判断される場合だ。
このような場合、検察官が検察審査会の議決の趣旨に沿って再捜査を行ったのかどうかをチェックする手立てがないのは、制度の欠陥と言うべきではなかろうか。
甘利氏の秘書についての「不起訴不当」の議決が、検察の再度の不起訴で終わったことは、検察審査会の制度上の問題を示唆するものといえる。
(『権力と戦う弁護士・郷原信郎の“長いものには巻かれない生き方”』2021年10月15日号より一部抜粋。続きは、2021年10月中にお試し購読スタートすると、10月分の全コンテンツを無料(0円)でお読みいただけます)
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