ESGと規制が守る「新規参入ゼロ」の要塞
一般的な経済原理であれば、これほど儲かっている業界には新規参入者が現れるはずですが、タバコ業界においてその可能性は事実上「ゼロ」に近い状態です。その理由は、厳格な規制と昨今の「ESG(環境・社会・ガバナンス)」投資の広まりにあります。
タバコは健康被害や依存性の問題から、世界中で厳しい広告規制や販売規制を受けています。さらに、機関投資家の中には「ESGスコアが低いタバコ銘柄には投資しない」という基準を持つところも多く、新規プレイヤーが莫大な資金を調達して参入しようとするインセンティブが完全に削がれています。既存の巨大プレイヤーは、これらの規制をむしろ「新規参入を阻む防壁」として利用し、限られたプレイヤー同士で市場を分け合うことで、安定的な利益を享受し続けることができているのです。
加熱式タバコ「プルーム」への巨額投資と挽回
JTは紙巻きタバコという既存のキャッシュカウを守る一方で、次世代の成長事業である「加熱式タバコ」の育成に心血を注いでいます。かつてフィリップモリスの「アイコス」に市場を席巻され、完全に出遅れた苦い経験がありますが、現在は自社製品「プルーム(Ploom)」で猛追を仕掛けています。
日本国内におけるプルームのシェアは着実に回復しており、グローバル市場においてもスティックや本体のシェアを伸ばそうとしています。JTはこの成長分野に対して、約8000億円という巨額の先行投資を計画しており、研究開発費を投じてシェアの挽回を図っています。加熱式タバコへの移行は、紙巻きタバコとのカニバリズム(食い合い)を引き起こす側面もありますが、健康意識の高い層を繋ぎ止め、将来的な規制リスクを回避するためには避けて通れない「守りと攻め」の戦略なのです。
避けては通れない構造的リスク
どんなに利益を上げていても、タバコ産業には常に「構造的リスク」が付きまといます。その最たるものが、健康被害を巡る巨額の訴訟リスクです。例えばカナダでは、タバコの外因についての説明が不十分だったとして、JTを含む大手3社に対して総額3.56兆円という天文学的な和解金の支払いが求められる事態が発生しました。
JT単独の負担額ではありませんが、すでに和解の頭金として約1,800億円を計上しており、今後はカナダでの利益の約70%〜85%を、30年から40年という長い年月をかけて分割払いしていくことになります。2024年度の営業利益には、これらの訴訟損失引当金として約3756億円が計上されており、一時的に利益が大きく押し下げられる要因となりました。
こうした事態がいつ、どの国で発生するか予測できないという点は、投資家として常に念頭に置いておくべき不確実性です。
ロシア事業の明暗
JTの投資判断を語る上で、ロシア事業の扱いは避けて通れません。2022年のロシアによるウクライナ侵攻を受け、世界中の企業がロシアからの撤退を迫られました。フィリップモリスやBATといった競合他社が相次いで撤退を決める中、JTはロシア国内での高い利益とシェアを維持するため、残留という極めて困難な道を選びました。
当時、この判断は強烈な地政学リスクとして嫌われ、株価が低迷する要因となりましたが、結果としてライバルがいなくなったロシア市場でJTのシェアはさらに高まり、莫大な利益を稼ぎ出す源泉となりました。最悪の事態(ロシア事業の消滅)を恐れて売却した投資家も多かった中、リスクが解消され、残留が利益に繋がることが判明した後の株価は、安値から約3倍にまで跳ね上がりました。これは、「最悪のニュースが重なり、誰もが嫌がる時こそが最大の買い場になる」という割安株投資の教訓を体現するような事例と言えるでしょう。
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