2025年8月5日現在、米国雇用統計の下方修正が発表され、一時的に株価の行方に懸念が生じました。しかし、足元では株価が持ち直す動きも見られます。この経済指標の急な変化は、単なる数字の変動ではなく、賢明な投資家であればその意味するところを深く考えるべき重要なサインです。
今回は、この雇用統計下方修正の具体的な要因とその背景にある経済の動き、そして投資家が今後どのように対応すべきかについて、詳細に解説していきます。投資に関心のある方はぜひ最後までお読みください。(『 バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問 バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問 』栫井駿介)
プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。
驚きの米国雇用統計下方修正:数字が語る真実
まず、発表された数字に多くの人が驚きました。米国では雇用の増加が景気の重要な指標とされていますが、今回、過去の速報値が大幅に修正されたのです。
- 2025年5月の雇用増加数
- 2025年6月の雇用増加数
- 2023年7月の雇用増加数
速報値の12万5,000人から、なんと1万9,000人へと大幅に下方修正されました。これは当初の数字の約6分の1以下に減少したことになります。
速報値の14万7000人から、1万4000人へと約10分の1に修正されました。
市場予想が11万人だったのに対し、実際の速報値は7万3000人にとどまりました。
これらの数字の発表を受け、8月1日には「景気はいよいよ危ないのではないか」という懸念が市場に広がったのです。特に、わずか数ヶ月前の数字が10分の1近くも修正されるという異常事態に対し、「なぜこれほどの変動が起きるのか?」という疑問の声が上がりました。
なぜこれほどの大幅修正が?雇用統計の構造的課題と変化への弱さ
この大幅な下方修正は、単なる事務的なミスではありません。その背景には、米国雇用統計の特性と、現在の経済環境の変化があります。
<統計調査の性質と回答率の低下>
米国雇用統計は、企業や家計に対するサンプリング調査に基づいて作成されています。速報値は、回収された一部のデータと過去の傾向や計算式に基づいて推定される性質を持っています。
しかし、新型コロナショック以降、このサンプリング調査の回答率が大幅に低下していることが指摘されています。労働統計局からの調査票に対し、以前は「公式なものだから返信するべき」という意識があったものの、最近ではその回答率が下がっており、統計の正確性が担保されにくくなっている可能性があります。背景には、政府に対する信頼性の低下なども考えられます。
下図は、失業率調査、事業所調査(NFP)、雇用動態調査(求人件数)といった主要な雇用関連調査の回答率が、コロナ禍を境に大きく低下していることを示しています。
<「変化に弱い」統計の特性>
統計学的に見ても、雇用統計のようなサンプリング調査は「変化に弱い」という弱点があります。過去のデータに基づいた計算式(株式市場における移動平均線のように)で推定値を算出するため、経済のトレンドが急激に変化した場合、速報値と実測値との間に大きな乖離が生じやすいのです。
実際に、過去に大規模な下方修正が起こった時期は、いずれも経済に大きな変化があった時期と重なっています。
- 2020年3月~4月
- 2008年9月~10月
- 2020年12月、2008年~2009年など
コロナ禍によるロックダウンで経済活動が急停止した時期。
リーマンショックにより世界経済が大きく揺らいだ時期。
コロナ禍やリーマンショック関連の時期にも大きな修正が見られました。
そして今回、2023年5月・6月の大幅下方修正もこのリストにランクインしています。これは、現在、米国の雇用トレンドに大きな変化が起きている可能性を示唆していると言えるでしょう。
加えて、2023年以降、雇用統計の修正は30回中22回が下方修正であり、統計が示すトレンドが右肩下がりになっている傾向も見られます。
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