資生堂の過去の戦略を検証
資生堂のこれまでの戦略を振り返ると、以下のような特徴が見られます。
<中国市場への過度な依存>
資生堂は2018年頃から、中国市場を重要な成長ドライバーと位置づけ、積極的な投資を行ってきました。2018年には1908億円だった中国での売上が、直近では2500億円にまで拡大しました。
すでにつばめ投資顧問でレポートしてきましたが、資生堂はそれまで調子の良かった中国市場への集中戦略を進めて来ました。
2021年、資生堂は大きな戦略転換を行いました。その主な内容は以下の通りです。
大衆向けブランドからの撤退:
- 「TSUBAKI」「UNO」「専科」などのパーソナルケア事業を1,600億円で外資系CVCファンドに売却
- 高級ブランドへの集中を強化
欧州事業の見直し:
- ドルチェ&ガッバーナとのライセンス契約を終了
- 欧州での不採算事業からの撤退
中国市場への注力:
- 2023年までに中国での売上を2019年比で約2倍に増加させる目標
- 日本市場の売上は2019年比で減少を予想
高付加価値戦略:
- 原価率の低い高級化粧品に経営資源を集中
- マーケティング投資の効率化
プロ経営者による改革:
- 魚谷社長(元コカ・コーラ、クラフト)によるアメリカ流の「選択と集中」戦略の実施
中国市場への集中により、現在の資生堂の売上に占める中国売上比率は45%(トラベルリテール含む)に及びます。この戦略は一時的に成功を収めましたが、以下のような問題点も浮き彫りになりました。
- 市場環境の変化への対応遅れ:
経済環境の変化により消費者の節約志向が強まる中、高級ブランドへの依存度の高さが裏目に出ました。 - 中間価格帯市場でのプレゼンス低下:
高級ブランドへの注力が、成長性の高い中間価格帯市場でのシェア低下につながった可能性があります。 - コスト構造の硬直化:
高級ブランド戦略に伴う高コスト体質が、収益性の悪化につながりました。
資生堂の新たな戦略
これらの課題に対応するため、資生堂は以下のような新戦略を打ち出しています。
<日本市場の再強化>
- コアブランドへの集中:「SHISEIDO」「クレ・ド・ポー ボーテ」などのコアブランドに経営資源を集中させ、効率的な成長を目指します。
- 新市場創造マーケティング:ファンデーション美容液など、新たな市場を創造する商品開発とマーケティングを強化します。
- Eコマースの強化:2024年上期のEコマース売上成長率は20%台後半に達しており、さらなる拡大を目指します。
- インバウンド需要の獲得:訪日外国人向けのマーケティングを強化し、インバウンド需要の取り込みを図ります。
<地域ポートフォリオの見直し>
- 米州・欧州・アジアパシフィック地域での成長加速:これらの地域での投資を強化し、成長を加速させます。
- 新興市場への展開:インドや中東などの新興市場への展開を強化し、新たな成長機会を追求します。
- M&Aの活用:「Dr. Dennis Gross Skincare」の買収など、戦略的なM&Aを通じて事業ポートフォリオの強化を図ります。
<デジタル投資の強化>
- Eコマースのさらなる強化:全地域でのEコマース売上の拡大を目指します。
- デジタルマーケティングの高度化:AI技術などを活用し、よりパーソナライズされたマーケティングを展開します。
- サプライチェーンのデジタル化:需要予測の精度向上や在庫管理の効率化を図ります。
<コスト構造の改革>
- 組織構造の最適化:各地域での組織のスリム化や効率化を進めます。
- 不採算店舗の閉鎖:特に中国市場において、不採算店舗の見直しを加速させます。
- 原価低減:サプライチェーンの効率化や調達の見直しにより、原価率の低減を図ります。
- ブランドの選択と集中:収益性の高いブランドへの経営資源の集中を進めます。
すなわち、現在行っている戦略は、中国集中戦略からの揺り戻しということになります。今回の決算で構造改革(=リストラ)を行っていることから、大鉈を振るっていることがわかります。
資生堂は買いか?売りか?
これまでの中国集中戦略から切り替え、国内事業の再強化やコスト削減を進めている点は最低限評価できるポイントです。しかし、中国への集中の過程で大衆向けブランドから撤退したことは、認知度という点で以前よりも苦しい戦いを強いられることになるでしょう。一方で、中国が厳しいとなるとこれから伸びる分野も見つからず、方向性としては一旦ダウンサイジングするしかないようにも見えます。
直近で約1500名のリストラを行っていますが、それでも3万人の従業員に占める割合は5%。当面は足場固めの期間が続くのではないかと思います。中国集中戦略を進めてきた魚谷CEOが2024年12月で退任するため、本格的な戦略を策定できるのは翌年以降になるでしょう。次の「攻め」の戦略が見えてくるのは、もう少し後になりそうです。
なお株価としては、1年で50%近くも下落しながら、なお割安感はあまりないと感じます。過去最高益を記録した2019年ベースの利益で計算しても、PERは約18倍、今期予想のPERは61倍です。これから縮小するリスクがあると考えると、割高感すら漂います。
今買う理由はあまりないように思え、保有している人も一旦戦略の見直しを行う必要があるかも知れません。
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『 バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問 バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問 』(2024年8月15日号)より※記事タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。