買収資金は5兆円以上も
クシュタールのブラアン・ハナッシュ最高経営責任者(CEO)ら経営首脳は昨年、投資家やアナリストへのプレゼンテーションで、買収を通じた成長戦略計画を明らかにしていた。米国や欧州、中南米、東南アジアにターゲットを求める広範な内容である。経営首脳は投資家向け文書で、「当社は世界中で企業の合併・買収(M&A)を完了し、統合してきたエキスパートだ」としていた。以上は、『ブルームバーグ』(8月20付)が報じた。
クシュタールはセブン&アイ・ホールディングスに対して、「拘束力のない友好的な提案」を行ったことを明らかにする一方、「合意に達するかどうかは定かではない」とも説明している。セブン&アイ・ホールディングスの時価総額は、8月19日の東京市場終了時点で約380億ドル(約5兆6,000億円)となる。クシュタールが、こうした大型買収を実現する上で大きなハードルが指摘されている。資金調達が、困難という意味だ。
アナリストによれば、クシュタールが買収を実現するには、大規模なコスト削減や増資、米国市場への上場を含め、原資確保に向けた大がかりな取り組みが必要になるとみられている。買収価格はまだ明らかになっていない。だが、クシュタールは120億~180億ドル(約1兆7,500億~2兆6,200億円)規模の増資を行う必要があると『ブルームバーグ』(8月19日付)が伝えている。
クシュタールは、こういう困難な事情を抱えているから「拘束力のない友好的な提案」というごく控えめな「打診」にとどまっているのであろう。問題は、買収資金調達だけでないことだ。合併自体が、当局から認められるかどうかという法的な面も抱えている。
日本では、「外国為替及び外国貿易法」(外為法)で障害がある。財務省が公開しているリストによると、セブン&アイ・ホールディングスは外為法上、投資に際して事前届け出が必要な企業に分類されている。これは、海外資本による日本企業への出資や買収は、安全保障上の問題につながる恐れなどがあるからだ。セブンイレブンは、物販以外に店頭で簡単な銀行業務や行政の一端を担った個人情報を扱っている。クシュタールが、考えている単純な「コンビニ」の域を超えて発展しているのだ。
セブンイレブンは、高齢化が急速に進む日本で毎日の食事、公共料金の支払い、銀行サービスの利用など、多くの人が利用する「社会インフラ」である。末端の郵便局のような役割を果しているのだ。国内で、1日あたり約2,200万人へサービスを提供し、台風や地震などの災害時も営業を続けるなど、信頼性が極めて高い存在だ。つまり、セブンイレブンは「国家資産的な存在」となった地域密着型店舗布陣である。
今回のM&Aは、日本の外為法に抵触する恐れが出てくるのだ。このほか、米国では独占禁止法に抵触する可能性も指摘されている。このように、法的条件を見渡しただけでも、実現の可能性が極めて低くなっている。クシュタールは、こういう面での検討を十分にせず、「とりあえず打診してみるか」という軽い気持ちとすれば、まことに遺憾と言うほかない。
合併断っても問題はゼロ
セブン&アイ・ホールディングスは、M&A騒ぎが対外的な評価を落としたという指摘が出ている。米格付け大手S&Pグローバル・レーティングは8月20日、セブン&アイ・ホールディングスがアリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受けていることについて、「提案が実現するかどうかに関わらず、セブン&アイの信用力への下方圧力になる」との声明を発表した。
S&Pは現在、セブン&アイに「シングルA」の格付けを付与している。これは、上から6番目で「強い保険財務力を有するが、上位に比べ、環境が悪化した場合、その影響を幾分受けやすい」という内容だ。S&Pは、今回の一件についてセブン&アイが、仮にアリマンタシォンからの買収提案を受け入れない場合でも株主から企業価値向上に向けた要請が強まるとみている。「成長投資や資本効率改善、株主還元圧力が高まり、信用力への下方圧力が強まる可能性が高い」(S&P)指摘しているのだ。
このS&Pの格付けに従えば、セブン&アイ・ホールディングスの経営内容からみて、この提案を受入れなくても問題なかったことになる。
ならば、なぜ「検討する」ことになったのか。狙いは2つあるだろう。