日本の半導体素材が、品質で世界一という折り紙を付けられている背景には、厳しい半導体企業の要求に全て応えてきた、「摺り合せ技術」によるものと理解されている。「暗黙知」を社内で共有している結果である。
摺り合せ技術が、広く日本企業に共有されている背景を再認識しておくべきだろう。これによって、日本製造業の再興は可能という見通しを強めることができるからだ。政府が、ラピダスへ出資するという異例の方針を立てたのは、ラピダスを日本製造業再興のシンボルに位置づけたいのであろう。摺り合せ技術は、日本文化の特性に通じるのだ。
「縮み志向」が支える
摺り合せ技術の原点は、日本人が畳む,寄せる,詰めるという行為を歴史的に育んできた「縮み志向」にある。この日本文化の特色を指摘したのは、韓国人学者の李御寧著『縮み志向の日本人』(1982年)である。この書籍は、ベストセラーとなり今日でも読み継がれている。具体的には、次のような内容だ。
「縮み」志向には6つの型があるという。この中で、重要と思われる「扇子型」と「折詰め弁当型」が、日本製造業の特色をよく表している。
「扇子型」は、折畳む・握る・寄せる。何かを畳む発想としている。小型に作りながらも、より機能を高めること。戦後日本の工業化製品の代表であるソニーが開発してトランジスタ製品は、日本商品の世界市場進出の突破口を開いた。
「折詰め弁当型」は、狭い空間に必要な栄養素が全て入っている。文学では俳句が、これに該当する。工業製品では、半導体の後工程の「チップレット」がまさにこれに該当するであろう。多種類の半導体が一つの半導体に詰め込まれるからだ。
以上の2つの「縮み志向」が、日本製造業に強く影響力を残しているとすれば、半導体産業はこれに該当する一つである。日本の自動車産業が、世界を制覇している裏にはトヨタ自動車に代表される「摺り合せ技術」が原動力になっている。このエネルギーは今度、ラピダスへ広がって行く。信越化学も、すでに素材メーカーから装置メーカーへと脱皮した。
日本は、製造業で強みを発揮できる潜在的能力を持っている。これは、すでに指摘したように「暗黙知」のシステム化である。この「暗黙知」(言語に表せない)の対極には、「形式知」(言語に表せる)が存在する。これは、情報やデータなど客観的な証拠に依存する知的体系である。日本がITに弱点を持つのは、「暗黙知」で優れているが、「形式知」において脆弱性を抱えている結果だろう。天は、日本へ「二物」を与えなかったのだ。
日本に巨大テック企業が現れない理由の一半は、「形式知」に難点を抱える結果と言うほかない。この背景には、島国の特性が反映している。それ故、「縮み志向」が花咲いたという一面がある。欧米が「形式知」であるのは、多民族との交流において情報やデータが大きな役割を担っていた事情がある。日本が、「形式知」に難点のあることを自覚すれば、「暗黙知」にさらなる磨きをかけるほかない。
現在、日本は毎年多額の情報関連費用を米国へ支払い、自虐的に言えば「デジタル小作人」となっている。この状況をいかに解決するか。日本の得意である「暗黙知」を、他分野で発展させることだ。
具体的には、インバウンド(訪日外国人)の増加促進である。現在、年間3,000万人ペースで増えている。すでに国内旅行客を上回るほどの勢いだ。欧米の観光客は、1人平均10泊以上という長期滞在であり、日本にとって貴重な外貨稼ぎ産業である。宿泊数自体が増えれば、必然的に消費額単価も増えていく。2050年ごろには、現在の3倍以上の1億人前後に達する可能性も取り沙汰されているほどの勢いである。1億人規模は、フランス並みの水準であり、世界トップクラスに踊り出る。