ラピダスは、日本の産業に生命を吹き込んだと言えるだろう。日本が1960~80年代の高度成長期を実現できたのは、自動車と家電が両翼になった。今や家電は消えたが、半導体再興によって新たな産業を生み出す段階に至っている。(『 勝又壽良の経済時評 勝又壽良の経済時評 』勝又壽良)
プロフィール:勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。
政府もラピダスを全力支援へ
日本政府は現在、半導体企業ラピダスへ出資が可能となる法案を準備している。これまで、財務省と経産省がラピダスを巡って意見が一致せず、財務省はラピダス支援にブレーキをかけてきた。財務省は、ラピダスの最先端半導体「2ナノ」(10億分の1メートル)が、成功するか否か不明という立場である。経産省は成功すると判断し、ラピダスが借入れする際に政府保証を付ける案を検討してきたほどだ。
最近は債務保証どころか、政府がラピダスへ出資する方向へジャンプしている。財務省の「抵抗」をはるかに飛び越えるのだ。斎藤経産相は8月30日の閣議後会見で、次世代半導体の量産に向けて政府出資を可能とする法案を早期に国会に提出する考えを明らかにした。斎藤氏は、ラピダスの量産開始予定時期の2027年を見据えて早期に提出したいとしたのである。
政府は、ラピダス支援に向けて「積極姿勢」を取っている背景に、ラピダスの技術開発が想定以上に進んでいることが挙げられる。
最先端半導体技術で周回遅れと揶揄された日本が、米国IBMからの技術導入のほかに、世界の半導体研究所のノウハウを結集してきた。さらに、日本独自の技術開発思想の「摺り合せ技術」を根幹にして、半導体製造の前工程と後工程を統合し、世界で初めての全自動化に成功する離れ業をやってのけたのである。
政府が、こうした技術的見通しがついたことから、「出資」へ舵を切ることになった。
「日本らしさ」の技術
「摺り合せ技術」という言葉が、久しぶりに登場してきた。日本では、トヨタ自動車躍進の原動力として、広く認知されている技術過程である。自動車のように多数の部品(約3万点)から自動車を組み立てる過程では、性能を上げるべく部品間の組合せを最適化する調整技術が不可欠である。一種の「職人芸」である。この「暗黙知」(個人の経験や勘に基づく「コツ」「ノウハウ」など)を制度として共有化し、高生産性をあげてきた歴史を持つのだ。
カリフォルニア大学のウリケ・シェーデ教授は、日本企業の隠れた実力を分析した近著『シン・日本の経営』で日本の製造業に共通した特色の一つは、パラノイア(「偏執狂」)としている。その意味は、「時代の転換点をつくろうとこだわる者たち」を指すという。これこそ、「摺り合せ技術」そのものである。職人芸で、根気強く難問を解く精神性を評価しているのだ。
トヨタでは、部品メーカーとの共同研究を行い、絶えず部品コストの削減を行っている。トヨタの販売最前線から上がってくる情報は、部品メーカーと共有されることによって品質改善とコストダウンに結びついている。これが、「世界一トヨタ」の舞台裏である。
トヨタは、全社であらゆる情報の共有化を行っている。これが、迅速な経営判断に結びついている理由である。世界中の自動車メーカーが、EV(電気自動車)一辺倒になったとき、トヨタは「半身の構え」であった。現在のリチウム電池によるEVが、まだ本流技術でなく過渡的技術であることを知り抜いていたからだ。トヨタは、EVの本命技術である「全固体電池」開発に全力を上げてきた。数年先を読んでいたのである。
ラピダスは、トヨタの出資を受けている。トヨタ式経営手法が、ラピダスへ伝授されたとしても何ら不思議ではない背景がある。