トランプ大統領が推し進めるドル安政策。その効果は一見現れているように見えますが、実態は「狙い通りの成果」ではなく、関税政策による市場の動揺がもたらした結果にすぎません。しかも、ドルを安くしたいという思惑と、ドルの基軸通貨体制を守りたいという姿勢は、根本的に矛盾をはらんでいます。貿易赤字を「敗北」とみなす発想や、相互関税による孤立化のリスクが、むしろドルの信認を揺るがす事態に…。いま、トランプ政策が抱えるこの「ドルのパラドックス」に、世界が静かに警戒を強めています。(『 マンさんの経済あらかると マンさんの経済あらかると 』斎藤満)
※有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2025年4月16日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
トランプ政権「ドル安政策」の効果が出ているが…
米国トランプ大統領のドル安政策が効果を見せ始めています。しかし、当初の「インフレ抑制で利下げ」による結果でなく、むしろ関税による市場の不安からくるドル下落です。
その一方でトランプ政策はドルの基軸通貨を脅かす面もあり、矛盾をはらんでいます。
この点を提言するメンバーがトランプ陣営にはいないようですが、密かに基軸通貨が脅かされる懸念は感じ始めているようです。
しかし、その政策矛盾を正さない限り、基軸通貨防衛策をとっても、それは表面的な、対処療法的なものにとどまります。
特に相互関税主義やその発想自体が基軸通貨ドルを脅かす点を認識し、閣僚は大統領に提言する必要があるのですが。
ドル高修正、トランプの前提は
トランプ大統領の基本発想は、強い米国が外国から「いじめられて」実力を発揮できていない、その象徴が貿易赤字だとしています。
本来は競争力があるはずの米国製品が、外国による「通貨安政策」によって、ドルが強くなるなど、米国産業には不当に高いハードルになっていると考えています。貿易赤字は米国の負けであり、それも外国の不当な「いじめ」によるとの発想です。
従って、米国産業にとって競争上のハードルを下げるためにドルを安くしたいと考えます。しかし、その一方でドルは世界の基軸通貨であり、これを脅かす動きは一斉認めない、とも言っています。
このため、グローバル・サウスが彼らの共通通貨制度を構築する動きに対して、トランプ大統領は強く反発しています。
つまり、トランプ大統領がドルを安くするうえでの前提は、ドルの基軸通貨制を脅かすことなく、ドルの価値を下げたい、ということです。言い換えれば、ドルは世界中で使われる体制を維持しながら、そのドルの価値を下げようという難しい課題に挑戦しようとしています。
経常赤字継続を否定すれば
ドルの基軸通貨体制を守るためには、ドルを海外に十分供給し続け、ドルの信認を維持して決済通貨として広く利用してもらう必要があります。
ところが、トランプ大統領はこの前提を脅かす2つの問題を露呈しました。1つは貿易赤字を米国の負け、と認識して貿易赤字を何としても減らそうとしています。これがまず問題です。