中国のデザイナーズトイ企業「ポップマート(POP MART)」のキャラクター『Labubu(ラブブ)』が世界的な大ヒットとなり、同社の売上は2年連続で倍増しています。しかし、玩具業界では、ヒット商品が出ても在庫処分などで利益が残らず、持続的な経営が困難という宿命があります。なぜポップマートは創業15年を経て成長を続けられるのでしょうか。その秘密は、ブームを自ら沈静化させる「制御技術」にありました。創業者の王寧氏の経歴から、ブラインドボックスという販売手法、転売対策、テーマパーク展開まで、玩具企業の持続可能性を追求するポップマートの戦略を詳しく解説します。(『 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 』牧野武文)
※本記事は有料メルマガ『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』2025年9月29日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:牧野武文(まきの たけふみ)
ITジャーナリスト、フリーライター。著書に『Googleの正体』(マイコミ新書)、『論語なう』(マイナビ新書)、『任天堂ノスタルジー横井軍平とその時代』(角川新書)など。中国のIT事情を解説するブログ「中華IT最新事情」の発行人を務める。
玩具業は難しい?ポップマートの戦略を分析
「ラブブ」というフィギュアがタイを中心としたアジア圏で大人気となり、さらには欧米にも飛び火しようとしていることは日本のメディアでも報道されています。このラブブを販売しているのがポップマートで、話題が冷めないうちに大阪に旗艦店を出店するなど、素早い動きに注目されている方もいるのではないでしょうか。
玩具業というのは、一言で言えば水物商売で、非常に難しいビジネスです。爆発的なヒットが出ることはありますが、生き残るためには玩具の寿命を伸ばすか、ヒットを連発させるしかないのです。タカラのリカちゃん人形、任天堂のファミコンも、当初は「いかに玩具の寿命を伸ばすか」という観点から生まれてきた玩具です。
ポップマートは、ブームを制御するという手法を使っています。せっかく起きたブームを自らの手で過熱を抑えるようにし、ブームを制御することで長続きさせようという考え方です。
そのため、今回のラブブブームの最中に、上場前から投資をしていた蜂巧資本というベンチャーキャピタルが、ポップマート株をすべて売却してイグジットしています。峰巧資本は「この辺りがポップマートの株価の頂点」と見ていたことになります。ブームを自分から火消しに走らなければならない。そこが玩具ビジネスの難しさです。
今回は、ポップマートに焦点を当て、玩具業独特の難しさについてご紹介します。
「ラブブ」が急速に人気化!
「泡泡瑪特」(パオパオマーター、POP MART)のデザイナーズトイ「Labubu」(ラブブ)が世界的なヒット商品になっていることは日本のメディアでもよく報道されています。
このラブブは、香港のデザイナー龍家昇氏がデザインしたもので、2015年から自身の手でイラストや絵本の形で展開をしていました。ポップマートはこのラブブに注目をし、2019年4月からフィギュアを発売します。しかし、長い間、売上は悪くないものの、人気になるというほどでもありませんでした。
これが一瞬で変わったのが、2024年4月のLisaのインスタグラムです。Lisaは韓国のK-Popグループ「BLACKPINK」のメンバーですが、タイ出身で、タイの若い女性に圧倒的な影響力があります。「ラブブが大好き」と、自分の持っているラブブを紹介する内容です。これで、タイの若い女性の間で人気に火がつきました。
さらには、タイ王室のナリラタナ王女がバッグにラブブをつけている姿が報道されると人気はさらに広がり、タイ政府観光局は、インバウンド旅行のプロモーションにラブブを公式採用するに至ります。これで、タイでは若い女性の間で流行っているというだけでなく、国民的なキャラクターになっていきました。
ところが、タイではラブブは個人輸入か、中国越境ECで買うしかありません。ポップマート側では突然のタイでの人気に商品が用意できず、品切れ状態が続きます。この騒ぎで、中国でもラブブ人気が高まっていきました。もちろん、例によって転売を企む人が大量購入するので、品薄状態が続きます。
ポップマートは、入荷をすると、店舗よりも早くライブコマースで販売をします。このライブコマースは異常な状態となりました。ライブコマースでは、視聴者がチャットで質問をすることができ、MCがそれを読めるだけでなく、視聴者全員にもスクロール形式で表示されます。中国国内のライブコマースであるのに、タイ語で埋め尽くされたのです。
MCが慌てて翻訳にかけてみると「タイにも発送してもらえるか」「クレジットカードで決済するにはどうしたらいいか」という質問がタイ語で書かれています。「本日の商品は完売です」と中国語で告げても、質問は止まりません。視聴者の大半はタイ人で中国語がわからないからです。そこで、スタッフはタイ語で「完売しました」と書いたボードを見せるしかありませんでした。
2024年7月に、バンコクにある東南アジア最大級のショッピングモール「メガバンナー」にポップマートの店舗がオープンしました。開店早々、ラブブが入荷するということで、長い行列ができ、タイでは社会現象となりました。
この騒ぎが報じられると、中国だけでなく韓国にも飛び火をし、さらには東南アジア全域、そして欧米でも人気が出始めています。
業績も急成長
このラブブの大ヒットで、ポップマートの業績は驚異的な伸びを示しています。
2024年は、前年比106.9%増と2倍になっています。2025年はまだ上半期の業績しか発表されていませんが、半期でありながら昨年の売上を上回っています。2025年も倍増するのは確実です。
さらに、ポップマートが進めていた海外展開にも大きな弾みがつきました。中国でも135.2%増と倍増以上になっていますが、米大陸では1142.3%増、欧州では729.2%増と見たことがない数字の前年比になっています。
これにより、売上の国内外比も大きく変わってきました。中国が主力市場であることは同じですが、米大陸がかなり大きな市場に育ってきていることがわかります。
ポップマートについては、「vol.166:盲盒のヒットで生まれた大人玩具市場。香港上場を果たしたポップマートと追いかける52TOYS」、「vol.255:オタクがショッピングモールを救う。オフライン消費を復権させた潮玩と二次元」などで、ご紹介していますが、そのビジネスの深い部分まではご紹介できていませんでした。
ポップマートを紹介する時は、どうしても「盲盒」(マンフー、ブラインドボックス)という独特の販売手法の話になりがちです。もちろん、この手法も重要なのですが、ポップマートの特色はもうひとつあります。それは、玩具という水物を扱いながら、持続可能な企業として運営できているという点です。