fbpx

お金持ちほど「恥ずかしい」の感情に鈍感。どうでもいいことは豪快に“手抜き”する=午堂登紀雄

こんなことを言うと恥ずかしい、こんな服装は変かも…と大人は考えがちですが、その感情は人生を楽しく過ごすためには邪魔になるだけです。今回はどうすれば「恥ずかしい」という感情を無くしてラクに生きられるかをお話しします。(『午堂登紀雄のフリー・キャピタリスト入門』午堂登紀雄)※この記事は音声でもお聞きいただけます。

【関連】誕生・出産を全否定する“反出生主義”が間違っている7つの理由。「なぜ貧乏なのに僕を産んだの?」にどう答えるか=午堂登紀雄

※有料メルマガ『午堂登紀雄のフリー・キャピタリスト入門』2021年11月8日号の一部抜粋です。興味を持たれた方は、ぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:午堂登紀雄(ごどう ときお)
米国公認会計士(CPA)。1971年生まれ、岡山県出身。中央大学経済学部 国際経済学科卒。株式会社エディビジョン代表取締役。一般社団法人 事業創造支援機構代表理事。

大人になると「恥ずかしい」という感情は邪魔になる

私の持論ですが、大人になると(特に結婚すると)恥ずかしいという感情は役に立たないどころか、むしろ自分の人生にブレーキにかける邪魔な存在のように思います。

これは「他人からどう思われるかを気にするのをやめる」に通じるのですが、「恥ずかしい」というのは人を萎縮させてしまうからです。

「こんな格好は恥ずかしい」
「こんな持ち物では恥ずかしい」
「失敗したら恥ずかしい」
「こんなことを言ってバカにされたら恥ずかしい」
「人前でこんなことをしたら恥ずかしい」

などと考えて、行動や発言を躊躇したことはないでしょうか。

しかし恥ずかしいというのは本人だけの感情であり、他人がどう思うかはわかりません。

スカートがめくれてパンツが見えても、恥ずかしいのは本人だけで、周囲の男性は「ラッキー!」、女性は「あら大変!」という程度で、さらに一瞬で過ぎ去っていくでしょう。

公共の場で裸になったら犯罪ですが、法律違反や極度のマナー違反をやらなければ、恥ずかしいなど捨ててしまった方がより精神は自由となり、「手抜き」アイデアももっと出てきます。

確かに独身のうちは異性の目を意識してファッションやらを考える必要はありますが、結婚してしまえばそういうのも不要です。

たとえば何日も続けて同じ服を着ていても平気。頭ぼさぼさでも平気。パジャマでうろうろしても平気。スッピンでも平気。自分の発言がその場を凍り付かせても平気。「バカじゃないの?」と言われても平気。プレゼンがうまくいかなかくても平気。同僚の前で叱責されても平気。リストラされても平気……。

自分が発する言葉や行う行為の多くに対して、何をやっても恥ずかしいと思わなければ、「他人からこう思われたらどうしよう」という発想とも無縁です。

もちろん、それはなかなか難しいことではあります。

しかし、自分が感じる「恥ずかしい」のレベルが上がってくれば、それだけ周りの目を気にすることなく、自由に振る舞えます。

「恥ずかしい」を乗り越えれば可能性が広がる

そういうある種の鈍感さを身に付けるにはどうすればいいかというと、「それで恥ずかしいとして、何か困った実害を被るのか?」「恥ずかしくなかったからといって、何か具体的なメリットがあるのか?を考えてみることです。

たとえば、寝ぐせのついたボサボサ頭で、上下スウェットでサンダル履きで出かけることを、一般的には恥ずかしいからできない、と感じると思います。

しかし、それを他人に見られて恥ずかしいとして、何か困るかというと、現実には何も困らないでしょう。

逆にオシャレな格好をして外出したとしても、何か儲かるとか得するかとか、具体的なメリットもないはずです(女性なら、「お姉さんベッピンだから1個おまけするよ!」などと買い物でメリットがあるかもしれませんが)。

だとしたら、それを気にしてシャワーを浴びて髪の毛をセットして着替えて…というのは無駄な作業ということになります。

Next: 「それが私なんです」と言えると、人生がぐっと生きやすくなる

1 2 3
いま読まれてます

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

MONEY VOICEの最新情報をお届けします。

この記事が気に入ったらXでMONEY VOICEをフォロー