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岸田首相が大策士ぶりを発揮。安倍氏「国葬」電光石火の決定は、盤石の体制作りに一石四鳥の妙計=山崎和邦

「聞く耳をもつ」はずの岸田首相が、安倍元首相の国葬については、たいした議論もせずに、電光石火で決めてしまった。岸田首相にとっては安倍氏の国葬で一石四鳥の得がある。その策士ぶりと行動力は称賛に値する。(「週報『投機の流儀』」山崎和邦)

※本記事は有料メルマガ『山崎和邦 週報『投機の流儀』』2022年7月31日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

岸田・安倍の二頭政治が消えて変わる国の形

国葬というものがあっていいのか否かという議論は、ひとまず棚上げして掛かろう。決まってしまったことだからだ。それよりも、岸田首相の「腹の内」を考えたい。

岸田首相の政権発足後も、岸田首相は自民党の圧倒的最大派閥である清和会(安倍派)の影響力のもとにあったことは間違いない。岸田首相の岸田派(宏池会)は党内で4番目の派閥に過ぎず、絶えず安倍派の思惑を気にしていなければならなかった。ところが、山上容疑者の犯行のお陰でそのクビキから離れることができたというのが実態であろう。

この岸田・安倍という二頭政治がなくなったことで

1:積極的な金融緩和を主張するリフレ派が日銀次期総裁に指名される可能性が低くなり、金融政策の転換が緩やかながら進みだそうとする可能性が高い。

2:今までは、岸田首相は絶えず安倍派の思惑を気にしなければならなかった人事が、自分のものになる。

かつて、首相経験者で最大派閥の首魁だった田中角栄が倒れた後、当時の中曾根首相は初めて田中のクビキから離れた人事を断行することができた。そして、三公社を民営化するという大転換をやってのけて「国の形」を大きく変えた。

小泉元首相は自分が自民党でありながら「自民党をぶっ壊す」をあからさまに公言し、標榜した。これは自民党の中の田中派閥を解体させるとの意だった。

「角福戦争」と言われた田中対福田の総裁争いの時に小泉は福田の秘書だった。その自分の親分の福田が田中に負けたのは地方の名門保守派がやっている地方郵便局長が田中派の集票マシーンだった。その恨み骨髄で、かの郵政改革という大事業を執拗に主張し、不十分ながら民営化する形でやってのけた。これも「国の形」を変えた。

国葬を決めた岸田首相の腹の内

同様に最大派閥のクビキ(中曽根・小泉の場合は田中派、岸田の場合は安倍派)から離れたところに「国の形」を変えたエネルギーが生じた例である。岸田首相の場合も、この例に倣って「国の形」を変えるぐらいの改革をやらなければ「岸田相場」は生まれない。

安倍氏の国葬を決めたのは、そういう決意が腹の底にあったというのは読み過ぎだろうか。

安倍氏の国葬を決めた腹は

1:安倍氏を軽んじてはいけない、安倍派を重んずるというポーズを見せた一面もあっただろう。

2:腹の底では国葬を決めた時に「今から喪に服する期間である」。したがって、誰々を○○大臣にしてもらいたいとか、その他一切の猟官運動を国葬が済むまでは御法度であるということを自民党内諸氏に暗黙のうちに説諭して、自分の圧倒的支配力を振るえる人事を行うためだったのだ。

3:また、岸田さんは最も難しいとされる外務大臣を4年強もつつがなく務めたのだから、外国人をもてなすことはお手のものだろう。したがって、国葬の弔問に来日する人たちを迎える安倍外交の花を咲かせることにもなる。

4:来年のことになるが、日銀総裁の人事もリフレ派をもってくるのか否かは喪に服している期間は云々するべきではないと岸田は魑魅魍魎がうごめく自民党内を、凶弾で非業の死をもって倒れた安倍先輩をネタに使って「一石四鳥」をやってのけたのだと筆者は見る。

岸田首相の策士ぶりが際立った電光石火の国葬

国葬はふさわしいかどうかを慎重に議論すべきなどと云わせる暇なく、電光石火で決めてしまった。この行動力は買うべきだろう。「自分の特技は人の話しを聞くことです」の「特技」は、こと国葬に関する限りは人の意見を聞かなかった。国葬の主催者として海外からの弔問外交を一手に取り仕切れるし、喪に服する期間は岸田人事や岸田外交にとって、またとない機会となるであろう。

岸田首相の「国葬」を以て一石四鳥を仕組んだ、諸葛孔明も斯くやとばかりの策士ぶりと、「人の意見を聞かずに」電光石火で決めた行動力は大いに評価し、それを「新しい資本主義」の構想と実行に使ってもらいたい。

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