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4月の黒田日銀総裁退任で必ず起きる市場の地殻変動。金融政策変遷の歴史分析で見えてきたアフタークロダの新時代=山崎和邦

経済学の想定を超えた事象の発生

この失敗の背景は、ひとことで言えば極めて簡単なところにある。民間がたとえゼロ金利でも、借り手が激減しているということだ。民間が多額の貯蓄をすれば、他方でこれを借りる者がいなければ経済は釣り合わない。

1990年にバブルが崩壊した後の日本企業の多くは、経済学が想定しているような「利益極大を企業が求める」のではなくて(ゼロ0金利下でさえも)「借入金を返済することに懸命に走った。企業は「利益拡大」よりも「バランスシートの修復」を第一義とした。こんなことは経済学界には想定されていなかった。

野村総研のリチャード・クー氏が、企業のバランスシートというミクロ面から統合して、バランスシート不況というマクロ経済学を打ち立て、それはFRB前々議長バーナンキや前議長イエレンにも認められ、英語で書かれた彼の著書(★註)は欧米で多く読まれて日本語で逆輸入された。バランスシート不況というマクロ経済学の概念は、間違いなくリチャード・クーの発想によるものである。今までの経済学では、民間企業は絶えず利益の極大化に向かっていることが前提になっていた。ところが、実態はバランスシートの修復を懸命に行っていた。借入金を返すことに懸命だった。だからゼロ金利でも借り入れるものがなかった。これは従来の経済学では予測されていないことだった。

1990年バブル崩壊以降の日本や、2008年リーマンショック以降は、国債の利回り大幅低下という国債の発行コストが下がっていたにもかかわらず、財政出動は悪いことだとされ、金融政策だけに頼ってきた時代が長かった。これもまた間違いの原因だった。

当然のことだが、金融政策が効くには借り手が必要である。経済学が見落としていた重大な問題は、誰かが貯金したら誰かがそれを借りて使わなければならないということだ。そしてそれを設備投資に向けなければならないことだった。これを設備投資(I)と貯蓄(S)のバランスと言って「ISバランス」(アイエス・バランス)と経済学では言われていた。ところが、バブル崩壊後は、借入返済を懸命に行うことに企業家はやっきになって、借り入れて設備投資することをしなくなった。それどころか、利益余剰金を社内に溜め込む体質となった。バブル崩壊後に民間が借入返済に回ったことで、金融政策は効力を失ったと言ってもいいだろう。

日本でも米国でも欧州でも、ゼロ金利下でも借り手が激減して、各国の中央銀行が巨額の量的緩和で民間銀行に貸出金を供給したにもかかわらず、貸し出しは増加しなかった。ここが従来の経済学との違いである。黒田日銀の誤りは完全にそれの典型だった。筆者もそうだった。

故・ミルトン・フリードマン教授(野村證券の社長をしていた氏家氏はフリードマンのゼミの出身者である)を含む多くの著名な経済学者が「デフレは貨幣現象なのだから、中央銀行がリフレ政策さえとれば、すぐに解消できる」という考えだったが、これは完全に間違いだった。リフレ政策をとっても、借り入れるものがなければその金は動かない。こんなことは低金利でも借り入れるものがないということは、従来の経済学では想定していなかった。

ジャネット・イエレン女史が議長を務めていた頃のFRBは、量的緩和を解除した時に発生するかもしれない多くの問題を事前に理解していたように見える。当時のFRBはインフレ2%目標を大幅に下回っていた2015年末から9回も政策金利を上げ、しかも量的緩和も2017年10月から引き締めに転じて市場を騒がせることなく、これに成功した。これはイエレン元議長の手腕だった(ちなみに彼女は2~3日前にアメリカのインフレは峠を越えたということを、現職の財務長官の立場として話しているのを筆者はテレビで見た)。

金融緩和を解除する時に問題が多く発する量的緩和ということを最初に導入したのが、前々議長のバーナンキであったが、在任期間中にその修正に道筋をつけるような発言をして、ちょっとした騒動になったことがあった。バーナンキショックと言われた。彼は判っていたのだ。そして2013年12月には債券購入額を減らすという量的緩和の縮小を開始した。これはバーナンキ流のやり方にケジメを付けたことである。

ところが、黒田総裁は出口問題に言及することを拒否している。バーナンキはかつて日本銀行批判の急先鋒だった。バーナンキは学者時代にも、FRB議長時代にも、日本銀行批判の急先鋒であり、「日本銀行の行動は理解できない」と公の場で批判していた。バーナンキは議長現職の頃から、金融政策万能論を完全に否定していた向きがある。これはリチャード・クー氏が常々述べていることでもあった。もし財政再建に走ったらどうするかと訊かれた時に「そんなことをしたら、FRBは米国経済を救う手立ては全く持っていない」と明言した。金融政策は財政政策と並列に行わなければならないことを彼は知っていた。リフレ派の本家のバーナンキが財政再建に反対して米国経済を救った。

黒田日銀総裁を潰した2回の消費増税

しかし、黒田総裁は大蔵省出身である故なのか、2014年4月の消費税率引き上げという財政再建に賛成してしまい、回復基調にあった日本経済に急ブレーキをかけた。その時にGDPはマイナスになった。これがアベノミクスの期間にGDPの平均成長率が7年で1.1%しかなかった一つの原因にもなる。そして二度目の消費税引き上げも行った。気の毒なことだが、黒田総裁任期中に二度、消費税増税を行われた。その都度、四半期GDPはマイナスになった。

これが2%目標を達成できなかった大きな理由の一つになった。黒田総裁はそれについてはあまり触れない。責任逃れのように見えるからであろう。在任期間に二度の消費増税があったと簡単に言うが、それは消費税が2倍になったということだ。「5%→8%→10%」これが在任中に行われたわけだから、5%が10%になったということである。これは大きい。

黒田総裁の日銀を批判する世論は多く、メディアでもそれを扱っているが「英雄の末路憐れむべし」と筆者が言った通りになった。ところが、黒田日銀の功績は、実のところ大きかった。前総裁の白川方明氏は半ばデフレ容認論であったが、黒田日銀はその方針を転換してデフレを食い止め、インフレにもっていこうとしたことは事実である。現に黒田氏はデフレスパイラルを止めた。この功績は次期総裁の人選にもつながる重要な問題である。

経済成長は高まらなかったが、これは「任期中に二度の消費増税があったことも原因である」とは本人は言わないが、それは事実だったと思う。「今、消費税を増税したら日本経済を破壊する」と言っていた経済学者も当時はいた。それを任期中に二度増税して5%が10%になったのだから、大きなブレーキになったことは間違いない。

また、金融緩和を行ったから国債発行が容易になって「財政規律が緩んだのは日銀の責任だ」という批判もある。ところが、財政規律の問題は日銀ではなく、財務省の問題である。

財政規律が緩んで日本経済のリスクが高まるならば、日銀や財務省を批判するのではなく政策を批判すべきであり、政治家を批判すべきだ──

(★註)リチャード・クー著「『追われる国』の経済学 ポスト・グローバリズムの処方箋」(東洋経済新報社、2019年刊)。海外の中央銀行で引っ張りだこになったクー理論である。

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<山崎和邦の投機の流儀vol.556 1/29号>

■ 第1部:当面の市況
(1)先週後半は膠着相場への極致
(2)FX先物取引 1.2京円
(3)「ポストコロナ銘柄」については、用心深くありたい。
(4)投資信託に1兆円超の資金流入
(5)4月に日銀総裁が代われば、どうなるか?
(6)問われる日銀の「市場との対話力」
(7)日銀総裁の交代を契機に日本の金融政策が変わる可能性がある─黒田総裁の誤りは確実となったが、筆者は彼を弁護する。

■ 第2部:中長期の見方
(1)今年は滅多にないほどの大きな変化要因に囲まれている。好機と言えば、好機であろう。
(2)プーチンは切羽詰まった状態になりつつある。戦術核を使うか? 来年3月の選挙をどうするか?
(3)企業の想定為替レートによる上方修正・下方修正があり得る年になるだろう。
(4)バフェット氏の「乱世の銘柄の選び方」
(5)当面の心配事ではないが、日銀が10年以上もかけて大量に購入したETFはどう処分するか?
(6)投資環境の外部要因として、中国の動向に目が離せない。
(7)日経平均は年後半3万4500円もあり得るという見方
(8)インフレと株価
(9)「白紙の乱」が中国を焼き尽くすか?
(10)体制の変革は、デモよりも軍事クーデターによる方が多い。

■ 第3部;読者との交信蘭

[ 来週号に回すもの ]
〇憲法問題:自民党改憲案の問題点
(自民党は1955年結党以来「改憲」を党是としてきたから、いつかは出る問題だ。避けて通れない。)

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2023年 セミナー開催のお知らせ

「売るべき時を知り、買うべき好機は逃さない」

2023年の株式市場を取り巻く国内・国際情勢の総括

昨年、85歳という異例の年齢で博士号を取得した、国際コミュニケーション学博士の山﨑和邦が、現在の国際情勢について解明します。台湾問題、米中問題、ウクライナ戦など、地政学リスクが続く2023年の国際情勢について最新の知見を得られるまたとない機会となります。

山崎和邦自身も、昨年は、東電を1月に平均300円で買い7月に平均600円で売るという「従来の方針」で利益を挙げ、「短期売買」では、大阪チタニウムの売買を繰り返し1,400万円の利益を出したり、海運御三家の短期売買で利益を出しました。今年はどのような業界にチャンスの芽があるのか、山崎流の国際情勢の解説から紐解いていきます。

– セミナー内容 –

・Chapter-1: 2023年 国内・世界情勢(13:00-15:00)

・30年間の日本衰退の根本原因は何か?
・支持率で沈みゆく宏池会・岸田内閣の行方
・中国の台湾侵攻、第三次世界大戦が起きる可能性
・GAFAMとテスラを売った巨大な金額はどこへ向かう?
・日本の上場企業の異常状態、上場企業の約半数の会社の株価が解散価値よりも低い
・憲法改正の問題点・国際情勢が与える株式市場と銘柄への影響

など

・Chapter-2: 2023年 そして株式市場の見通し(15:00-15:30)

2023年相場を考える上で、今年以降は海外の要因が100年に一度ぐらいの複雑さで、色々大きな問題が絡み合うという事実があり、また壮年層の投資家にとっては、未経験のインフレ時代が到来する。
いまある国内・国際情勢を解き明かし、今後の株式市場を見通します。

・Chapter-3: オンライン質疑応答 (15:30-16:30)

最後の1時間は、ご参加された方々からの御質問を交えながら、双方向の対話形式のセミナーとします。
参加者皆様と国内外の多くの問題と向き合いながら、「買い場探しの好機」に向けての準備、心構えを、山崎先生を中心に再確認する時間とします。

開催日時
2023年2月11日(土)13:00~16:30
*アーカイブで後日視聴することもできます。

お申し込み
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image by:World Economic Forum at Wikimedia Commons [CC-BY-SA-2.0], via Wikimedia Commons
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山崎和邦 週報『投機の流儀』』(2023年1月29日号)より一部抜粋
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大学院教授(金融論、日本経済特殊講義)は世を忍ぶ仮の姿。その実態は投資歴54年の現役投資家。前半は野村證券で投資家の資金運用。後半は、自己資金で金融資産を構築。さらに、現在は現役投資家、かつ「研究者」として大学院で講義。2007年7月24日「日本株は大天井」、2009年3月14日「買い方にとっては絶好のバーゲンセールになる」と予言。日経平均株価を18000円でピークと予想し、7000円で買い戻せと、見通すことができた秘密は? その答えは、このメルマガ「投機の流儀」を読めば分かります。

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