体験の構築
用事が特定できたら、次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。では、同社はどのような体験を構築すればいいのでしょうか。
アウトドア豆炭こたつを雇うとする顧客にとって障害となり得るのは、一つにはその存在を知らないことです。確かに、アウトドア豆炭こたつは、公式オンラインショップで購入することはできますが、販路は限られています。
いずれにしても、こうした障害が取り除かれれば、顧客は「野外に持って行ったアウトドア豆炭こたつのなかに入って温まることで、自然との一体感を味わう」「一緒に行った家族や仲間とのつながりを再確認する」といった、いずれもすぐれた体験ができるようになるでしょう。
プロセスの統合
最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらすのです。
このアウトドア豆炭こたつは、明らかにこれまでにないこたつであり、クリステンセン教授たちが「新市場の顧客に到達するには、破壊的チャネルが必要なことが多い」と指摘するように、このこたつの販路拡大には破壊的チャネルが必要になってくるでしょう。では、どのような破壊的チャネルが考えられるでしょうか。
日経の記事にあるように「お湯を入れて15分で食べることのできる乾燥備蓄米(アルファ米)」は、アウトドア用の食料品としての需要が期待できます。そうであるのなら、そういった食料品を売っているに店にこの豆炭こたつのパンフレット類──場合によっては実物──を置いてもらうことができれば、新市場の顧客に到達することが期待できます。したがって、社内プロセスの統合という意味で同社の課題となるのは、そういった店を開拓することです。
では、同社がアウトドア豆炭こたつの販路拡大に取り組もうとするのであれば、業績の評価基準をどうすればいいのでしょうか。クリステンセン教授たちは次のように指摘しています。
ジョブ理論は、プロセスを何に合わせて最適化するのを変えるだけでなく、成功の尺度も変える。業績の評価基準を、内部の財務実績から、外部的に重要な顧客ベネフィットの測定基準へと移す。
・顧客の行動について集めたデータは、客観的に見えてもじつは偏っていることが多い。データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。
この指摘を踏まえるのであれば、同社はリトル・ハイア──燃料としての豆炭が売れ
た数──を業績の評価基準とするのが得策だということになります。
【参考文献】
・クレイトン・M・クリステンセン他[著]、依田光江[訳]『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
・クレイトン M.クリステンセン『C.クリステンセン経営論』(ダイヤモンド社)
・クレイトン・M・クリステンセン『医療イノベーションの本質─破壊的創造の処方箋』(碩学舎ビジネス双書)
・クレイトン・クリステンセン/マイケル・レイナー著 玉田俊平太/櫻井裕子訳『イノベーションへの解』(翔泳社)
・高知でアウトドア用品を手掛ける29歳。東京出身の彼が移住を決断したワケ:鈴木助
・アウトドア豆炭こたつ 発売
・尾西食品 乾燥備蓄米、海外で販売
・有価証券届出書(新規公開時)
本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2020年1月28日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
『イノベーションの理論でみる業界の変化』(2020年1月28日号)より一部抜粋
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クリステンセン教授たちが練り上げた「片づけるべき用事」の理論は、これまで不可能とされてきたイノベーションの予測を可能にし、その効果はアマゾンのベゾスらによっても確認されているといいます。3年目になる2018年からは内容を刷新し、従来のMBAツールとは一線を画すこの優れた理論を使い、各業界におけるイノベーションの可能性を探ります。これはイノベーションを生み出すための「思考実験」にもなります。なお各号はそれぞれ単独で完結(モジュール化)しているので、関心がある業界(企業)を取り上げた号を購読していただけます。