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ウクライナの快進撃は続くか?報道されない本当の戦果と損失。ハルキウ奪還が敗退を早める“バルジの戦い”となる可能性=高島康司

これはロシアのミッドウェーか?

いまウクライナ政府のみならず、日本を含めた多くの西側のメディアも、強い陶酔感と高揚感の中にある。ハリキウ州で成功した奪還作戦はウクライナ戦争の今後を決める決定的な戦いになったという認識が一般的だ。ウクライナにとっては、ロシア軍の撃退に成功した初めての作戦となった。

これで勢いづいたウクライナ軍は、ロシア軍が占拠している東部のルガンスク州、および南部のヘルソン州の奪還を目指して部隊をさらに前進させている。このような状況から、ハリキウ州だけではなく他の地域でもロシア軍の敗走が始まり、ロシア軍の敗退は決まったとの見通しさえも出てくるようになっている。

この状況を見て、ウクライナ軍のハリキウ州の進撃は、ロシアにとって戦前の日本のミッドウェー海戦と似た状況になったのではないかという論評も出ている。

日本は1931年の満州事変から、1941年12月の真珠湾攻撃、そして42年5月の米軍のコレヒドール島降伏に至るまで破竹の勢いの進軍だった。ところが42年6月のミッドウェー海戦の大敗で、戦局は大きく変わった。この敗北から日本は、それこそ坂を転げ落ちるように45年の敗戦に向かって行った。

今回のウクライナ軍によるハリキウ州の奪還作戦の成功は、まさにロシアにとってのミッドウェーであり、これからロシア軍の敗走が始まるという見方だ。

進撃したウクライナ軍の実像と損失

しかしながら、このような楽観的な見方とは異なったウクライナ軍の実態が報告されている。ロシアのジャーナリストの報道やウクライナ軍、ロシア軍両方の動きを丹念に追っているアナリストで弁護士のアレキサンダー・モーリコスなどが、貴重な情報を提供している。

まずはハリキウ州に進軍したウクライナ軍はどういう部隊なのか見て見よう。

現在、ウクライナで動員可能な兵力は100万人ほどいるが、実際に稼働している兵力は30万人ほどだと見られている。ロシア軍の侵攻当初はそれぞれ4,000人の兵士で構成される47旅団の18万8,000人程度だったが、それから動員が進み、いまは30万人の規模になっている。

そして、数カ月前からウクライナ軍は、アメリカの特殊部隊、グリーンベレーの教官を招聘し、3万人のエリート部隊の結成と訓練を始めた。訓練期間は6週間で、訓練が終了すると欧米から支援された兵器を実践で操作できるようになる。この部隊には、ポーランドが提供したソ連製のT72戦車、ならびに欧米が支援した火器や大砲、ミサイルなどが配備されている。ウクライナ軍の中では装備がもっとも充実した部隊である。

この3万人の部隊のうち、それぞれ1万5,000人が南部、ヘルソン州に、そして1万人程度がハリキウ州に配備された。9月のハリキウ州の奪還は、このエリート部隊が行った。

だがこのこの部隊の損失だが、予想以上に大きいようだ。先に紹介した分析者のアレキサンダー・モーリコスが参照しているロシア人ジャーナリストによると、ヘルソン州では約2000人から2500人の死傷者、そしてハリキウ州でも2,500人から3,000人の死傷者が出たとされている。両軍のトータルでは、3万人の総兵力のうち6,000人近くが犠牲になっている。

ウクライナ軍同様、ロシア軍もITを中心としたハイテク兵器を使っている。この状況は、8月29日から攻防戦の中心になっているヘルソン州でウクライナ政府の報道統制を突破して野戦病院の傷病兵にインタビューした米大手紙、「ワシントンポスト」の記事が、ヘルソン州におけるロシア軍の攻撃がどういうものなのか詳しく書いている。これを引用する。

兵士たちは、ロシア軍を撃退するのに必要な大砲がなく、装備の整った敵との技術的なギャップが大きいと語った。このインタビューは、ウクライナ軍司令部が記者の前線訪問を禁止しているほど機密性の高い、占領地奪還への取り組みについて初めて直接語ったものである。

クラスター爆弾、リン弾、迫撃砲の長い連射の後、部隊がロシア軍支配下の村から後退した33歳のウクライナ人兵士デニスは、「彼らは私たちにすべてを使った」と述べた。「このような攻撃を5時間も生き延びられる人がいるだろうか」と彼は言った。

ロシアの無人偵察機オルランは、ウクライナの陣地を頭上1キロ以上の高さから監視していた。

負傷したウクライナ兵によると、ロシアの戦車は新しく建てられたセメントの砦から現れ、大口径の大砲で歩兵を吹き飛ばした。その後、戦車はコンクリートの壕の下にもぐりこみ、迫撃砲やロケット砲の攻撃を防いだ。

対戦車レーダーは、ロシア軍を標的としたウクライナ軍を自動的に検知し、位置を特定し、それに対抗して大砲を放つ。

ロシアのハッキングツールは、ウクライナのオペレーターのドローンをハイジャックし、敵陣の背後に無力に漂う彼らの飛行機を見たのである。

これがヘルソン州の状況だ。圧倒的に優勢なロシア軍に対してウクライナ軍は終始守勢に回り、領土を奪還することができなかった。ウクライナ軍の死傷者の多さもも納得できる。

一方ハリキウ州では、数で圧倒され、不意を突かれたロシア軍が早期に退却したため、戦闘の決着は早くついた。それでも、快進撃を続けるウクライナ軍の死傷者数はそれなりに高かった。その理由は、退却したロシア軍がミサイル、大砲、航空機などで遠距離からウクライナ軍を狙い撃ちにしたからだ。

他方、これに対し、ヘルソン州とハリキウ州におけるロシア軍の死傷者数はことのほか小さいようだ。特にハリキウ州ではそうだ。ハリキウ州にウクライナ軍が進撃したとき、ロシア軍の主力部隊はすでに南部に移動していた。そのため、戦略上の要衝であるイジュームには1,000人ほどの兵士しかいなかった。数では圧倒的に少数となったロシア軍は早期に退却を決定したため、死傷者数はかなり少なかった。

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