ファストファッション「SHEIN」の戦略
完全に日本人をターゲットにして原宿に出店したのがファストファッション「SHEIN」(シーイン)です。SHEINは、昔から衣類製造で有名だった広州市番禺区の下町工場を組織化して、短時間で製造させる体制をとることにより、低価格で最新流行のファッションを販売できることで米国で成功をしたアパレル越境ECです。
SHEINに関しては、品質面や知財面でさまざまな批判をする人が多いですが、私個人としては他のファストファッションと比べて著しく劣っているようには思えません。私は男性なので、女性服の観察眼は鈍いので見落としている可能性はありますが、私のような中年男性から見ると、著名なファストファッションの品質もSHEINの品質も、どちらもそれなりにしか見えないのです。一言で言えば、ワンシーズン着たら次のシーズンはもう着られない感じです。ファストファッションはデザイン的にも流行を追いかけるので、去年のデザインの服は服としては着られても、恥ずかしくて着られないわけですから、ワンシーズンもてばいいという考え方のようです。そのようなファストファッションの世界で、SHEINの品質だけが著しく悪いという印象は私にはありません。
SHEINは米国進出をする際に、女子大生をターゲットにしました。女子大生はおしゃれを楽しみたいけど、学校の課題が忙しく、ゆっくりとショッピングを楽しむ暇もなかなかありません。また、アルバイトをする時間も多くは取れないので使えるお金も多くありません。そこで、米国の最低時給の2時間分を価格の上限にするという価格戦略を採用しました。
製造は番禺区の下町工場ですから、いきなり大きなロットの製造をすることはできません。家内制手工業に毛の生えた程度の工場ばかりですから小ロット生産しかできないのです。この小ロットしかつくれないという弱点を強みに変える発想をしました。本社のデザイナーたちがデザインをすると、協力工場がまず100着をつくります。これを売り出して売れ行きをリアルタイムで計測し、機械学習で予測をし、50着から300着の追加発注をします。下町工場では小ロットであれば短期間で納品ができます。売れ行き情報は本社と下町工場でリアルタイム共有されるため、工場側では売れ行きを見て「そろそろ追加注文がかかる」という予想がつき、材料などの準備に入れます。
このような小ロット、短期納入というやり方では、売れない商品の余剰在庫がほとんど発生しません。アパレル業というのは、一昔前までは10着つくって7着捨てるみたいなところがあり、余剰在庫と廃棄費用で商品価格が高くなっていました。しかし、消費者が「高いのは質がいいから」と勘違いをしてくれていたため、それで成り立っていたのです。しかし、価格に対する要求が厳しくなると、そのような無駄の多い生産体制では太刀打ちができず、ユニクロのようなSPA(Speciality store retailer of Private label Apparel)=製造小売業にしていく必要が出てきました。自分でつくって自分のお店で売ることで無駄な在庫を減らす垂直統合をするわけです。ユニクロは工場と店舗を持つことでSPAとなりました。SHEINは下町工場を組織化し、越境ECで販売するというSPAのバリエーションのひとつになっています。
<返品が前提?店舗では「販売しない」戦略>
米国や中国では、ECが広く受け入れられています。日本でもECは広く使われるようになっていますが、米国や中国での受け入れられ方とは大きな違いがあります。それは返品率です。中国では通常のECでも20%程度、ライブコマースの衣類になると80%近くになることもあります。米国でも25%から40%ぐらいが返品されると言われます。一方、日本での返品率は5%から10%程度です。
つまり、米国や中国ではECというのは「買う」のではなく「取り寄せてみる」感覚なのです。自宅で開封をして中身を見て、そこで初めて商品をよく吟味をして買うか買わないかを決めます。一方、日本ではECで注文した段階で「買う」であり、返品することに大きな抵抗感を持っている人が多いのです。
逆に言うと、中国や米国のECは返品が前提になっており、だからこそ多くの人が気軽に利用するようになっています。中国の場合は、法律で7日間は理由を問わず返品ができる期間として定められているほどです。この過剰なまでの消費者保護が、ECの利用拡大につながっています。
ですので、SHEINでも米国の女性たちはアプリを見るだけで買ってしまい、届いてから質感があまりに違うとかサイズ感が合わないとかであればすぐに返品してしまいますが、日本人はそういうことに罪悪感を感じるため、注文する前になんとか品質を見極めようとします。しかし、アパレルの場合、生地の質感などは現物に触れなければわかるはずもありません。これが理由でアパレルECをなかなか利用してもらえません。そのために、「現物に触れられる」ための店舗がSHEINの原宿店なのです。
この原宿店では、販売をしていません。これは非常にうまい方法です。見るだけなので店員がうるさく寄ってくることもなく、落ち着いて商品を見ることができます。しかも、店舗内のあちこちにアプリインストールのQRコードが貼られていますから、一点でも気になった商品を見つけた人はアプリをインストールしてみるでしょう。つまり、店舗で売るのではなく、アプリユーザーを増やすためのツールとして利用しているわけです。しかも、ここでアプリを入れた人は、現物を見たことがあり、店舗にきたことがある人ですから、購入する可能性がきわめて高い優良顧客になります。
米国では越境ECの環境を整えるだけでビジネスが軌道に乗りましたが、日本はそれだけでは利用が進まないという特殊な環境であるため、それを補う施策として店舗を展開しているわけです。