壮絶な証拠画像。最近の学校に蔓延する「SNSいじめ」の実態

 

「いじめはなかった」という報告書を作ることが目的

そして、「いじめはなかったとする報告書を作成するための調査が実施された。この調査は極めて杜撰であり、当事者とその関係者のみを調査対象とし、全体的なアンケートや情報を提供できる範囲にいる友人らへの調査は実施されなかった。

こうした調査範囲の限定は、子どもの人権のためと銘打てば、耳あたりがよく正しく聞こえるのだが、第三者委員会の形成根拠は重大事案の発生を意味するものなのだということや、いじめのことをアンケートで聞くこと自体が、子どもの人権を侵害することになるのかという根源的な疑問があり、「いじめを第三者委員会で隠蔽する際に使われる常套手段なのだ。

なぜなら、ここで調査範囲を広げ、仮に目撃者や正確な情報を知るものが現れて書面が出てしまえば、調査委員会が目的とする「いじめがなかった」報告書作成には、彼ら委員の身分を危ぶむリスクが発生するからなのだ。

ただ、彼ら委員会構成のメンバーがいじめについて無知であったことが幸いし、調査報告書の内容はいじめがあった」ことになっているが、言葉としては「いじめがあったとするのは無理がある」としている。なぜこのようなことが起きてしまったのかといえば、第三者委員会の委員長並びに委員が、「いじめの定義を知らなかったからなのだ。

いじめの定義は、いじめ防止対策推進法の第2条でわかりやすく示されている。

(定義)
第二条 この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。

つまり、同じ学校などの一定の人間関係が認められ、一定の行為があって、その行為を受けた側がつらいな」「苦しいなと感じたものはすべていじめ」となる。

というのが、今(当時も同じだが)の「いじめの定義」なのだ。

日本語を正しく読み取り、言葉の意味を理解できるレベルの知能があれば、どんな人物でも、この内容は理解することができるのだが、文科省の専門家会議でも指摘されていたように、この定義を周知をしようとしても、現場になかなか浸透せず、勝手に誤った判断をしたり教示する関係者が後を絶たない。さらには、これではやりづらいからと、反対する勢力まで存在するのだ。

そのため、文科でも各教育庁でも事例集などを作成して配布したり、公開するなどして、なぜこのような定義にしたかとか、具体的に「この場合はいじめ」ですから対応しましょうと、対応を促す対策をしなければならなくなっている。

いじめ防止対策推進法の施行の大きなきっかけは大津市で起きたいじめ自殺事件である。悲しい事件を1つでも減らすために、定義をも、被害者を素早く助け出せるように変えたのだ。

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